1.課題解決アプローチ(進歩性判断手法の一つ)
・塩月秀平判事によると、知財高裁は東京高裁の時代から多くの裁判例で暗黙の中にEPOの課題解決アプローチ(米国のTSMテストにも繋がるもの)を適用してきたとのことです。
この課題解決アプローチとは、第1段階で「一番近い先行技術を決定し」、第2段階で「解決すべき客観的な課題を設定し」、第3段階で「一番近い先行技術と設定された客観的課題とから出発して、熟練者にとってクレーム発明が自明であったか否かを考察する」ものです。
この課題解決アプローチと日本の知財高裁が問題としている動機付け・示唆等はほぼ同じ基準だということです。
・この課題解決アプローチでは、第2段階の「解決すべき客観的な課題を設定し」において、設定する「解決すべき客観的な課題」には、主引例の中に明示されている課題だけでなく、従来より自明の課題も含まれるというのがポイントだろうと思います。
2.審決取消訴訟の審理範囲
・塩月判事によると、審決取消訴訟の審理範囲に関するメリヤス編機最高裁判決(最大判昭和51年3月10日・昭和42年(行ツ)第28号)についての現在の知財高裁の考え方は次のようなものです。
(1)審決取消訴訟の訴訟物は「審決の違法性の有無」。
(2)行政訴訟一般では、行政処分と異なる理由に差し替えて行政処分を維持することはできるというのが一般的な考え方であり、メリヤス編機最高裁判決は、この行政訴訟の一般的な考え方を前提としつつ、審決取消訴訟の特殊性から、新規性・進歩性に関する審理範囲を「(審判の中で出された)特定の公知技術との対比における進歩性・新規性の判断に関する誤り・違法性の有無」に制限した(新たな引用例を加えて判断することはできない、とした)。
(3)したがって、逆に、「特定の公知技術との対比における進歩性・新規性の判断に関する誤り・違法性の有無」という枠内においては、特に審理の制限はない。よって、この枠内にある限りは、例えば、審決において発明の要旨認定が誤っていたために又は複数の相違点の中の一つの判断が誤っていたために進歩性なしと判断されたが、判決において発明の要旨を正しく認定しても又は他の相違点について判断した結果やはり進歩性なしという同じ結論になったときは、審決の誤りは結論に影響しないとして審決を取り消さなくてもよい。
(4)但し、このような場合でも、特許庁による前審判断経由の利益(制度的保障)の趣旨などから、これは重要なことだから特許庁の審判においてもう一度審理すべきだという事情を当事者が主張してそれが説得力がある場合は、審決を取り消すことは在り得る。
・「審判の中で出された特定の公知技術との対比」は審決取消訴訟の審理範囲を画するものとして保障されるが、それ以外(発明の要旨・各引用発明・各相違点に関する認定・判断など)は審決取消訴訟の審理範囲との関係では保障されないということです。
よって、無効審判の被請求人(特許権者)側としては、発明の要旨・各引用発明・各相違点に関する請求人や審判官の認定・判断が稚拙だと思ったら、無効審判の段階で、他の認定・判断(審決取消訴訟で行なわれるかもしれない認定・判断)を想定し、その想定した認定・判断にも耐えられるような訂正請求をしておくことが必要になるでしょう(審決取消訴訟の段階では訂正できないので)。
なお、審決と同じ結論になるためには「審判で出された複数の特定の公知技術の中でどれを主引用発明とするか」について審判と訴訟とで異ならざるを得ない(主引例の差し替え)場合は、審理範囲の問題かどうかはともかく(私は審理範囲の問題だと思いますが)、多くの裁判例で審決が取り消されています。
3.その他
・裁判所から「次回で弁論を終結します」などのアクションが出た段階で何も述べないままその後に無効抗弁を提出したときは、多くの場合、時機に後れたものと判断される。
・第一審で出さなかった無効理由を控訴審で新たな主張として出したときであって、第一審で出せたはずなのに出さなかったのは訴訟的な信義にもとるというときは、多くの場合、時機に後れたものと判断される。
・訂正の再抗弁が認められる3つの要件中の第1の要件は、「特許庁に対して適正な訂正審判請求又は訂正請求をしていること」ではなく、「特許庁において訂正審判請求又は訂正請求が認められる可能性があること」と捉えるべき。よって、平成23年改正により控訴審において(審決取消訴訟の提起後などで)訂正ができない場合は訂正の再抗弁は認められないのが基本だが、侵害訴訟の控訴審と同時期に係属した無効審決取消訴訟において審決が誤りだという見通しがついたときは、「特許庁において訂正が認められる可能性」が出てくるので、控訴審において訂正の再抗弁を認める可能性が出てくる。
・従来より訂正の再抗弁の要件の一つとされる「特許庁に対して適正な訂正審判請求又は訂正請求をしていること」は、要件事実ではない(第一審の手続において裁判所の訴訟指揮としてそれを行わせることは裁量の範囲内)。
・侵害訴訟と無効審判が並存している場合、現状では9割以上において審決が判決よりも先行して出されている。
・平成23年法改正による審決予告の導入により、(1)審決予告、(2)これに対して被請求人(特許権者)が訂正請求(134条の2第1項)を提出、(3)これに対して請求人が新たな公知例により無効審判請求書を補正(審判長の許可による。131条の2第2項)、(4)この請求書の補正に対して被請求人が答弁書(134条2項)及び訂正請求(134条の2第1項)を提出、(5)正式な審決、という流れになる。