2012年09月16日

課題解決アプローチと審決取消訴訟の審理範囲など

「パテント」2012/9月号の「特許紛争のより適正な解決の模索」というシンポジウム(東京弁護士会主催)の記録を読んで気になった課題解決アプローチ、審決取消訴訟の審理範囲、その他について、私見をも含めて以下にメモしておきます。

1.課題解決アプローチ(進歩性判断手法の一つ)
・塩月秀平判事によると、知財高裁は東京高裁の時代から多くの裁判例で暗黙の中にEPOの課題解決アプローチ(米国のTSMテストにも繋がるもの)を適用してきたとのことです。

この課題解決アプローチとは、第1段階で「一番近い先行技術を決定し」、第2段階で「解決すべき客観的な課題を設定し」、第3段階で「一番近い先行技術と設定された客観的課題とから出発して、熟練者にとってクレーム発明が自明であったか否かを考察する」ものです。
この課題解決アプローチと日本の知財高裁が問題としている動機付け・示唆等はほぼ同じ基準だということです。

・この課題解決アプローチでは、第2段階の「解決すべき客観的な課題を設定し」において、設定する「解決すべき客観的な課題」には、主引例の中に明示されている課題だけでなく、従来より自明の課題も含まれるというのがポイントだろうと思います。

2.審決取消訴訟の審理範囲
・塩月判事によると、審決取消訴訟の審理範囲に関するメリヤス編機最高裁判決(最大判昭和51年3月10日・昭和42年(行ツ)第28号)についての現在の知財高裁の考え方は次のようなものです。

(1)審決取消訴訟の訴訟物は「審決の違法性の有無」。
(2)行政訴訟一般では、行政処分と異なる理由に差し替えて行政処分を維持することはできるというのが一般的な考え方であり、メリヤス編機最高裁判決は、この行政訴訟の一般的な考え方を前提としつつ、審決取消訴訟の特殊性から、新規性・進歩性に関する審理範囲を「(審判の中で出された)特定の公知技術との対比における進歩性・新規性の判断に関する誤り・違法性の有無」に制限した(新たな引用例を加えて判断することはできない、とした)。
(3)したがって、逆に、「特定の公知技術との対比における進歩性・新規性の判断に関する誤り・違法性の有無」という枠内においては、特に審理の制限はない。よって、この枠内にある限りは、例えば、審決において発明の要旨認定が誤っていたために又は複数の相違点の中の一つの判断が誤っていたために進歩性なしと判断されたが、判決において発明の要旨を正しく認定しても又は他の相違点について判断した結果やはり進歩性なしという同じ結論になったときは、審決の誤りは結論に影響しないとして審決を取り消さなくてもよい。
(4)但し、このような場合でも、特許庁による前審判断経由の利益(制度的保障)の趣旨などから、これは重要なことだから特許庁の審判においてもう一度審理すべきだという事情を当事者が主張してそれが説得力がある場合は、審決を取り消すことは在り得る。

・「審判の中で出された特定の公知技術との対比」は審決取消訴訟の審理範囲を画するものとして保障されるが、それ以外(発明の要旨・各引用発明・各相違点に関する認定・判断など)は審決取消訴訟の審理範囲との関係では保障されないということです。
よって、無効審判の被請求人(特許権者)側としては、発明の要旨・各引用発明・各相違点に関する請求人や審判官の認定・判断が稚拙だと思ったら、無効審判の段階で、他の認定・判断(審決取消訴訟で行なわれるかもしれない認定・判断)を想定し、その想定した認定・判断にも耐えられるような訂正請求をしておくことが必要になるでしょう(審決取消訴訟の段階では訂正できないので)。

なお、審決と同じ結論になるためには「審判で出された複数の特定の公知技術の中でどれを主引用発明とするか」について審判と訴訟とで異ならざるを得ない(主引例の差し替え)場合は、審理範囲の問題かどうかはともかく(私は審理範囲の問題だと思いますが)、多くの裁判例で審決が取り消されています。

3.その他
・裁判所から「次回で弁論を終結します」などのアクションが出た段階で何も述べないままその後に無効抗弁を提出したときは、多くの場合、時機に後れたものと判断される。

・第一審で出さなかった無効理由を控訴審で新たな主張として出したときであって、第一審で出せたはずなのに出さなかったのは訴訟的な信義にもとるというときは、多くの場合、時機に後れたものと判断される。

・訂正の再抗弁が認められる3つの要件中の第1の要件は、「特許庁に対して適正な訂正審判請求又は訂正請求をしていること」ではなく、「特許庁において訂正審判請求又は訂正請求が認められる可能性があること」と捉えるべき。よって、平成23年改正により控訴審において(審決取消訴訟の提起後などで)訂正ができない場合は訂正の再抗弁は認められないのが基本だが、侵害訴訟の控訴審と同時期に係属した無効審決取消訴訟において審決が誤りだという見通しがついたときは、「特許庁において訂正が認められる可能性」が出てくるので、控訴審において訂正の再抗弁を認める可能性が出てくる。

・従来より訂正の再抗弁の要件の一つとされる「特許庁に対して適正な訂正審判請求又は訂正請求をしていること」は、要件事実ではない(第一審の手続において裁判所の訴訟指揮としてそれを行わせることは裁量の範囲内)。

・侵害訴訟と無効審判が並存している場合、現状では9割以上において審決が判決よりも先行して出されている。

・平成23年法改正による審決予告の導入により、(1)審決予告、(2)これに対して被請求人(特許権者)が訂正請求(134条の2第1項)を提出、(3)これに対して請求人が新たな公知例により無効審判請求書を補正(審判長の許可による。131条の2第2項)、(4)この請求書の補正に対して被請求人が答弁書(134条2項)及び訂正請求(134条の2第1項)を提出、(5)正式な審決、という流れになる。

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2012年09月12日

アップルvsサムスンの特許侵害訴訟 東京地裁平成24年8月31日判決を斜め読みしました

1.アップルがサムスン電子を訴えた損害賠償請求(スマホ等とPCの同期機能に関する特許第4204977号の侵害を理由とする損害の一部請求)を棄却した東京地裁平成23年(ワ)第27941号・平成24年8月31日判決を斜め読みしてみました。
ポイントは特許クレーム(問題になった請求項11を末尾に引用しておきます)の解釈と被告製品への当てはめで、クレーム解釈について原告側がしつこく食い下がるのを裁判所が丁寧にかわしていたという感じでした。議論は多岐に渡っていましたが、以下では、参考になると思われた3点について記しておきます。

2.クレーム中の「メディア情報」の解釈
本件特許の請求項11(以下、本件特許クレーム)は、「メディア情報」という特殊な用語を使用して、スマホ等の「メディア情報」とPCの「メディア情報」とを比較して両者が不一致の場合に両者が一致するようにシンクロ処理を行うと規定しています。
これに対して被告製品は、「ファイル情報」の一つである「ファイル名及びファイルサイズ」がスマホとPCで同一かどうかで音楽ファイルのシンクロを行なうかどうかを決めていました。
そこで、少なくとも被告製品がスマホ等とPC間において比較している「ファイル名及びファイルサイズ」が本件特許クレームの「メディア情報」に含まれるかどうか、が争点になりました。被告製品が使用している「ファイル名及びファイルサイズ」(ファイル情報の一種)が本件特許クレームの「メディア情報」に含まれるなら本件特許(方法発明)の間接侵害に該当、含まれないなら非侵害となります。
そして、この点について、裁判所は、次のように「メディア情報」を限定的に解釈し、被告製品における「ファイル名及びファイルサイズ」は本件特許クレームの「メディア情報」に含まれないから、被告製品は本件特許の間接侵害には該当しないと判断しました。

「ウ 本件発明における「メディア情報」の意義(中略)
これらの特許請求の範囲及び本件明細書等の記載からすると,本件発明における「メディア」ないし「メディアアイテム」とは,音楽,ビデオ,画像などのメディアプレーヤーで再生可能なコンテンツを意味し,「メディア情報」とは,そのようなメディアないしメディアアイテムの属性又は特徴をいい,そこに少なくともタイトル名,アーチスト名及び品質上の特徴を備えるものをいうと解することができる。(中略)
(イ) そうすると,本件発明における「メディア情報」とは,一般的なファイル情報の全てを包含するものではなく,音楽,映像,画像等のメディアアイテムに関する種々の情報のうち,メディアアイテムに特有の情報を意味するものと解するのが相当である。」

3.被告製品の機能についての事実認定
原告は、被告製品は「メディア情報」の一種である「総時間」(品質上の特徴の一つ)をスマホとPCとの間において比較してメディアアイテムのシンクロ処理をしているという事実を主張し、だから被告製品は本件特許の間接侵害に該当すると主張しました。
しかし、裁判所は、次のような事実認定を行なって、原告の上記事実主張を否定しました。

「(2) 「総時間」による比較について
原告は,被告各製品及びパーソナルコンピュータが,本件発明の「メディア情報」の一種である「品質上の特徴」に含まれる「総時間」を比較して,メディアアイテムのシンクロ処理をしているとして,被告方法は構成要件G1及びG2を充足すると主張する。
しかし,前記第2,2(5)イ記載のとおり,被告各製品は「Kies」というソフトをインストールしたパーソナルコンピュータとの間で,保存してある楽曲ファイルのシンクロを行うもの(被告方法)であるところ,証拠(乙1ないし6,8及び9)によれば,被告各製品は,「Kies」というソフトをインストールしたパーソナルコンピュータとの間で音楽ファイルのシンクロを行うに当たり,ファイル名とファイルサイズを用いて,それぞれの音楽ファイルの一致・不一致を判定しているものであって,タイトル名,アーチスト名及び総時間の比較を行っておらず,音楽ファイルのタイトル名,アーチスト名及び品質上の特徴である総時間の全てが異なっても,ファイル名及びファイルサイズが同一である限り,音楽ファイルのシンクロが行われないことが認められる。
この点に関して,甲10,11,19,26,30及び31に示されたテスト結果によれば,一見すると被告各製品が,パーソナルコンピュータとの間でシンクロを行う際,メディアアイテムのタイトル名,アーチスト名及び総時間を比較しているようにみえ,この点で,上記乙1ないし6,8及び9のテスト結果と矛盾する。しかし,上記各甲号証のテストで用いられたタイトル名,アーチスト名又は総時間が異なるメディアファイルについて,それぞれのファイルサイズが同一であることは何ら示されていない。そうである以上,上記各甲号証においては,ファイルサイズを比較することによって一致・不一致を判定している可能性も否定できないから,上記各甲号証を根拠として,被告各製品が,原告が主張するように,総時間を用いてメディアファイルの一致・不一致を判定していると認めることはできないというべきである。
よって,被告方法において,「総時間」の比較によってメディアアイテムのシンクロがされているとの原告の主張は採用することができない。」

4.明細書本文に「および/または」とありクレームに「および」とある場合の解釈
原告が明細書本文には「および/または」とあるからクレーム(「および」だけがある)も同じように解釈すべきだと主張したのを、次のように述べて退けました。まぁ当たり前なのですが。

「(イ) また,原告は,本件明細書等の段落【0020】及び【0021】には,シンクロを行うべきか否かを判断するためにメディアファイルについて記憶された全ての情報が比較される必要がないことが明記され,シンクロを行うべきか否かを判断する際に,メディアファイルに関する属性のいくつかが比較される実施態様について記載されているから,被告が主張するように「メディア情報」に最低限含まれるタイトル名,アーチスト名及び品質上の特徴の全てが比較されることは前提とされていないと主張する。
確かに,本件明細書等の段落【0020】には,「・・・プレーヤーメディア情報は,ホストコンピュータ上のメディアデータベースからの第1メディア情報と比較される。・・・例えばメディアアイテム(例えば曲を表すオーディオファイル)は,曲目,アルバム名,および/またはアーチスト名のような,そのメディアアイテムの特徴または属性に関するメディア情報を用いて比較されえる。」と記載され,「または」との文言が用いられており,また,段落【0021】には,「メディアプレーヤー上のメディアアイテムに関するメディア属性(例えばタイトル,アルバム,トラック,アーチストおよび作曲家)が,ホストコンピュータ上のメディアアイテムに関する同じメディア属性に全て一致するなら,異なるデバイス上に記憶された2つのメディアアイテムは,さらなる属性または特徴がこれらのメディアアイテムが互いに完全な複製でないと判定されえるとしても,同一であるとみなされえる。」と記載されており,特定のメディア属性が一致する場合に,他の属性又は特徴が一致せず,完全な複製でないと判定されるときでも,同一とみなされる(すなわち,シンクロされない)ことがあり得ることが示されている。
しかし,上記アのとおり,本件発明の特許請求の範囲の記載からは,構成要件G1及びG2におけるメディア情報の比較は,「メディア情報」に最低限含まれるタイトル名,アーチスト名及び品質上の特徴の全ての比較を要求していることが一義的に明らかであるから,原告が指摘するような本件明細書等の記載をもって,特許請求の範囲の文言を無視して,同文言を別異に解釈しなければならないものではない。」

5.終りに
本件ではクレーム中の「メディア情報」の解釈が最も大きな論点だったようですが、この点について控訴審で別の解釈がなされる可能性は余り高くないと感じました。
また、原告は、均等論、例えば被告製品における「ファイルサイズ」(ファイル情報の一つ)が同一かどうかによるシンクロ処理が、特許クレームにおける「総時間」(メディア情報の中の品質上の特徴の一つ)が一致するかどうかによるシンクロ処理と均等だという主張を、第一審では出さなかったようです(少なくとも判決には出ていません)。しかし、仮に主張しても、置換可能性と置換容易性は認められるとしても、相違する部分が特許発明の非本質的部分であるという要件(均等の第1要件)が認められない可能性が高いでしょう。

特許第4204977号の請求項11:
メディアプレーヤーのメディアコンテンツをホストコンピュータとシンクロする方法であって,前記メディアプレーヤーが前記ホストコンピュータに接続されたことを検出し,前記メディアプレーヤーはプレーヤーメディア情報を記憶しており,前記ホストコンピュータはホストメディア情報を記憶しており,前記プレーヤーメディア情報と前記ホストメディア情報とは,前記メディアプレーヤーにより再生可能なコンテンツの1つであるメディアアイテム毎に,メディアアイテムの属性として少なくともタイトル名,アーチスト名および品質上の特徴を備えており,該品質上の特徴には,ビットレート,サンプルレート,イコライゼーション設定,ボリューム設定,および総時間のうちの少なくとも1つが含まれており,前記プレーヤーメディア情報と前記ホストメディア情報とを比較して両者の一致・不一致を判定し,両者が不一致の場合に,両者が一致するように,前記メディアコンテンツのシンクロを行なう方法。(アンダーラインは筆者)

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2012年08月26日

均等の第1要件(相違部分が本質的部分でないこと)の3つの説

「パテント」2012年8月号の「特許紛争のより適切な解決の模索」というシンポジウム(東京弁護士会主催)の記事を読んで最も興味を持ったのは,均等の第1要件(非本質的部分の置換であること)について,次の3つの説が紹介されていた点です。

A 西田説
クレームの構成のうちの特徴的な構成を本質的部分とする説。

クレームの記載を分説してなる複数の構成要件を,それぞれ本質的部分と非本質的部分とに分けて判断するという説です。
クレームの記載に即した複数の構成要件の中の本質的部分だとされた部分を置換していれば均等侵害不成立となるので,判断過程は客観的・明確ですが,パイオニア発明なのにクレームが具体的に記載され過ぎているような場合については広い保護を与えることが難しい(クレームの記載が悪かったから仕方がないと言えばそれまでですが)というのが欠点とされています。

B 三村説・解決原理説
クレームと明細書全体を理解して探求される技術的思想あるいは解決原理を考えて,それがある構成の置換後も維持されているならば非本質的部分の置換であり,そうでなければ本質的部分の置換であるという説。

ボールスプライン事件最高裁判決の調査官を担当した三村量一弁護士による説で,被告製品が特許発明の技術的思想=解決原理の同一性の範囲内にあるならば均等侵害を認めるというものです。
現在の裁判官の間では,この解決原理説が多数説のようです。

解決原理の抽象化のレベルについては,発明がどれだけ独創的な(パイオニア的な)発明であるかにより,抽象度をどこまで上げられるかが決まるとされています。
「技術的思想=解決原理」で捉えるため,パイオニア発明であれば保護の範囲を広く,利用発明・応用発明については保護の範囲を狭くでき,具体的妥当性が得られ易いと言われています。欠点としてはクレームや明細書の記載から離れてしまう場合があるので,クレームや明細書の記載を信頼した第三者の予測可能性を害してしまう恐れがあることです。

C 飯村説
知財高裁所長の飯村判事による説で,上記Bの解決原理説を改良しようとするものです。

均等侵害については,常に,第2要件,第3要件,第1要件の順に判断する,そして,第2要件(置換可能性)と第3要件(置換容易性)の判断対象,特に第2要件の判断対象を,「異なる部分を置換しても課題・効果が同一かどうか」ではなく「異なる部分を置換しても解決原理が同一かどうか」まで広範囲化(抽象化)し,これにより,第2要件と第3要件の段階で均等侵害を否定できる範囲を広くし,その結果として第1要件の出番を少なくさせようとする説です。

「第1要件の出番を少なくさせよう」とする理由は,国際比較において均等論を肯定する国の中で第1要件を問題にしているのはほぼ日本だけであること,第1要件は客観的判断が難しいことなどがあります。
なお,「第2要件と第3要件で使用する解決原理」は従来技術を考慮しないで明細書や出願経過から認定するものであるのに対して,「第1要件で使用する解決原理」は従来技術との比較から認定する点で,両者は明確に異なるとされています。

以下,私見ですが,飯村説が解決原理説を改良しようとしている点は妥当だと感じました。
例えば,「本体の断面を多角形状にして転がりを防止できるようにしたエンピツ」の特許発明に対して,「本体の断面は丸型だが表面の一部に突起を設けて転がりを防止できるようにしたエンピツ」という被告製品がある場合,解決原理説(三村説)のように第2要件を「異なる部分を置換しても目的と効果が同一かどうか」だけで捉えるときは,「本体の断面を多角形状とする構成」を「本体の表面に突起を設ける構成」に置換しても「転がり防止という目的と効果は同一」なので第2要件をパスし,第3要件もパスすれば第1要件の判断が必要になってしまいます。

これに対して,飯村説では,「本体の断面を多角形状とする構成」を「本体の表面に突起を設ける構成」に置換すると,「断面を多角形状とすることにより本体表面に形成される角部分で転がりを防止するという解決原理」が同一でなくなるので第2要件をパスできず,この第2要件の段階で均等が否定でき,第1要件の出番を無くすことができます。

なお,もし判決でこの飯村説を採用すると判例違反の問題が生じるのではないかという気がしたので,ボールスプライン事件最高裁判決の該当部分をもう一度読んでみました。すると,同判決は,第2要件について「右部分(異なる部分)を対象製品等におけるものと置き換えても,特許発明の目的を達することができ,同一の作用効果を奏するものであって」と述べています。この「同一の作用効果を奏するものであって」の中の「作用」は「解決原理」とほぼ同じと思われますので,私は,「異なる部分を置換しても『作用=解決原理』が同一かどうか」で第2要件を判断することは判例違反にはならないだろうと思います。

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2012年08月19日

知財訴訟大国・中国

パテント2012年8月号の「特許紛争のより適正な解決の模索」というシンポジウム(東京弁護士会主催)の記事中に侵害訴訟の統計的なものが紹介されていましたので、メモしておきたいと思います(以下では上記の記事からではない情報も含めています)。

日本における特許侵害訴訟(審決取消訴訟は除く)は年間150件程度と少ないのに対して、訴訟大国と言われる米国の特許侵害訴訟は年間約3千件です。

しかし、今の中国を米国と比較すると、商標や著作権を含めての訴訟件数は中国が米国の3倍ということです。そして、技術に関する特許の侵害訴訟(実用新案権の侵害訴訟も含めていると思われます)だけを見ても、中国では米国の1.5倍くらいの訴訟が起きており、大変な訴訟大国になっているということです。中国では、実体審査なし(無審査)で成立する実用新案権の侵害訴訟も増えているそうです。

中国の実用新案権は、無審査とはいえ、進歩性の基準が低いため、訴訟になったとき無効にできないものがかなり在ると言われています。

中国は、特許出願件数でも、2010年には日本を、2011年には米国を抜いて、世界1位になっていますね。

世界の国別特許文献の割合として、昔(日本の特許出願件数が世界で1位だった頃)は世界の特許文献の65%が日本語文献だったが、現在、日本の特許文献の比率は24%まで落ちていて、中国や韓国の文献の比率が急激に伸びているそうです。
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2012年08月08日

「良い特許」と「短いクレーム」(霜降り肉にする方法の発明)

一般にクレームは短いほど良いというのは確かだと思います。ただ、分野によっては特に弁理士が努力しなくても必然的に短くなるクレームはあります。例えば用途発明の分野では、物質名○○と効能△△を示す「○○を含有する△△剤」とか「○○を投与することにより△△する方法」という形にすれば特許できるので、必然的に短くなります。

   「牛の肉質の改善方法(霜降り肉にする方法)」の発明に関する特許第3433212号もこのパターンで、その請求項1は次のとおりです。

   「牛にビタミンCを投与することにより肉の脂肪交雑等級を改善する方法。

   牛にビタミンCを投与して霜降り肉にする(牛の肉の脂肪交雑(霜降り)の等級を上げる)という発明で、極めて短くて単純な内容ですが、これだけで特許されています。

   この特許のポイントは2つあって、(i)「牛にビタミンCを投与する」と(ii)「肉の脂肪交雑等級を改善する」との2つです。特許侵害だと認定するためには、(i)だけではダメで、(ii)も必要です。

   だから、「お前は、霜降り肉にするためのビタミンCを牛に投与している(あるいは、霜降り肉にするための牛用のビタミン剤を販売している)ようだが、それは特許侵害だから中止しろ。」と警告しても、その相手方から「いや、オレは、牛のストレスを解消して健康を維持させるためにビタミンCを投与しているのであって、牛の霜降りの等級を上げるためにビタミンCを投与しているのではない(あるいは、牛のストレス解消用のビタミン剤を販売しているだけだ)。」と反論されると、お手上げになる可能性があります。牛に与える「飼料」には薬事法が適用されないというのがポイントです(後述)。

   つまり、上記の(ii)の効用は発明の目的・作用効果に直結するものなのですが、特許侵害行為としてこの(ii)を立証できるかどうかが訴訟の勝敗の分かれ目になります。その意味では、上記の特許クレームは、確かにすごく「短い」けれども、すごく「良い特許」かというと、そうでもないとなるのかもしれません。

   つまり、「良い特許」とは、「広い特許」で且つ「強い特許」である必要があるのですが、この特許クレームは極めて短いだけに「広い特許」にはなっているけれども「強い特許」とは言えないのではないか、ということです。

   一般的に、用途発明では、短いクレームでもこのような限界は付きものと思います。例えば「ミノキシジルを有効成分とする育毛剤」という特許を取っていたとしても、「同じミノキシジルを有効成分とする血圧降下剤」には効力が及ばないからです。つまり、薬剤の分野において、用途発明が、事実上、強い効力を持っているように見えるのは、純粋な特許権の力によるのではなく、薬事法の力によるところが大きいのではないかと思います(成分から薬剤を製造して販売するときは必ず薬効とセットにして売り出すしかなく、また薬剤によっては医師の処方箋などが必要とされているため)。
 
posted by mkuji at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 基本特許