2013年04月01日

実施可能要件は理論上のものでよい 平成24年(行ケ)10020号「発光装置」

記事とは関係ありませんが、うちのすぐ近くの桜のトンネル、今年もできました。
2013.03.30 桜トンネルの写真.jpg








平成25年1月31日知財高裁平成24年(行ケ)10020号判決「発光装置」
少し前の知財高裁判決ですが、実施可能要件に該当する具体的事実は理論上(但し出願当時)のものでよいとした判決で、私としては大変参考になりましたので、記事にしておきます。

1 実施可能要件(特許法36条4項1号)は昔からなかなか分かり難い要件です。
標記の平成24年(行ケ)10020号「発光装置」の請求項1の発明に関して問題になった「内部量子効率80%以上の赤色発光体」の事例を使うと、その実施可能要件の有無について、段階的に、次のような複数の場合が考えられます。

(i)出願当時において、実際に、「内部量子効率80%以上の赤色発光体」が試作品として(研究レベルで)実現されていた場合 → 実施可能要件あり
(ii) 出願当時において、実際には「内部量子効率70%前後の赤色発光体」しか試作品としては実現されていなかったが、理論上は、当業者が技術常識の範囲内の最適化作業を行えば「内部量子効率80%以上の赤色発光体」を出願当時において実現できた可能性がある(当業者が実際に製造しようと思えば製造できた可能性が理論上はある)と言える場合 → 実施可能要件あり?(平成24年(行ケ)10020号の事例)
(iii) 出願当時において、実際には「内部量子効率70%前後の赤色発光体」しか試作品としては実現されていなかったが、出願当時において、理論上は、少なくとも出願当時から数ヶ月後に99.9%、確実に「内部量子効率80%以上の赤色発光体」が実現できることが周知の事実となっていた場合 → 実施可能要件なし?
(iv) 出願当時において、実際には「内部量子効率70%前後の赤色発光体」しか試作品としては実現されていなかったが、出願当時において、理論上は、出願当時から数年後には「内部量子効率80%以上の赤色発光体」が実現される可能性があることが周知の事実であった場合 → 実施可能要件なし又は「発明未完成」

標記の平成24年(行ケ)10020号判決は、上記(ii)の場合について「実施可能要件あり」としました。
では、上記(iii)の場合はどうでしょうか。
特許庁の審査基準によれば実施可能要件の「判断基準時は出願時」だとされていますので、上記(iii)の場合(出願から数ヵ月後なら実現できたとしても出願当時は理論的にも実現できなかった場合。まぁ数ヵ月後に実現できるなら出願当時においても実現できたと理論上は言えるという場合が多いかもしれませんが。)は、特許庁の審査では実施可能要件なしとされる可能性が高いと思います(知財高裁の判断がどうなるかは分かりません)。
追記: なお、標記の平成24年(行ケ)10020号判決の読み方ですが、「・・・以上,当業者は,今後,製造条件が十分最適化されることにより,内部量子効率が80%以上の高い赤色蛍光体が得られると理解するものというべきである。」と記載されていることから、上記(iii)の場合について実施可能要件を認めた判決だと解釈する人の方がむしろ多いかもしれません。私はそのようには読み取らなかったのですが。


2 以下に平成24年(行ケ)10020号判決中の上記(ii)の場合について「実施可能要件あり」とした部分を引用しておきます。


「3 内部量子効率80%以上の赤色蛍光体を実施不能とした判断の誤りについて
(1) 実施可能要件について
特許制度は,発明を公開する代償として,一定期間発明者に当該発明の実施につき独占的な権利を付与するものであるから,明細書には,当該発明の技術的内容について一般に開示する内容を記載しなければならない。特許法36条4項1号が実施可能要件を定める趣旨は,明細書の発明の詳細な説明に,当業者がその実施をすることができる程度に発明の構成等が記載されていない場合には,発明が公開されていないことに帰し,発明者に対して特許法の規定する独占的権利を付与する前提を欠くことになるからであると解される。
そして,物の発明における発明の実施とは,その物の生産,使用等をする行為をいうから(特許法2条3項1号),物の発明について上記の実施可能要件を充足するためには,明細書にその物を製造する方法についての具体的な記載が必要であるが,そのような記載がなくても明細書及び図面の記載並びに出願当時の技術常識に基づき当業者がその物を製造することができるのであれば,上記の実施可能要件を満たすということができる。

(2) 本件明細書の開示内容について
ア 本件審決は,本件構成3について,個々の蛍光体の内部量子効率がそれぞれ80%以上であることを要するとした上で,本件明細書の発明の詳細な説明には,内部量子効率が80%以上の赤色蛍光体が開示されていないとする。
確かに,前記2(2)アのとおり,本件明細書の発明の詳細な説明には,赤色蛍光体及び緑色蛍光体として使用できる具体的な物質が,内部量子効率を含む各特性を含めて記載されているところ,本件明細書に開示されている緑色蛍光体の内部量子効率は80%以上であるが,赤色蛍光体の内部量子効率は80%未満であり,したがって,本件明細書には,内部量子効率が80%以上の緑色蛍光体については記載されているが,内部量子効率が80%以上の赤色蛍光体については,直接記載されていないというほかない。
しかしながら,前記1(8)のとおり,本件明細書には,赤色蛍光体及び緑色蛍光体の製造方法について,その原料,反応促進剤の有無,焼成条件(温度,時間)なども含めて具体的に記載されているのみならず,赤色蛍光体の製造方法については,本件出願時には製造条件が未だ最適化されていないため,内部量子効率が低いものしか得られていないが,製造条件の最適化により改善されることまで記載されているものである。そうすると,研究段階においても,赤色蛍光体について60ないし70%の内部量子効率が実現されているのであるから,今後,製造条件が十分最適化されることにより,内部量子効率が高いものを得ることができることが記載されている以上,当業者は,今後,製造条件が十分最適化されることにより,内部量子効率が80%以上の高い赤色蛍光体が得られると理解するものというべきである。
イ 証拠(甲5,12〜17)によれば,蛍光体の製造方法において,製造条件の最適化として,結晶中の不純物を除去すること,結晶格子の欠陥を減らすこと,結晶粒径を制御すること,発光中心となる付活剤の濃度を最適化すること等により,蛍光体の効率を低下させる要因を除去することは,本件出願時において当業者に周知の事項であったと認められる。
したがって,本件明細書の発明の詳細な説明に内部量子効率が80%未満の赤色蛍光体が記載されているにすぎなかったとしても,当業者は,蛍光体の製造方法において,製造条件の最適化を行うことにより,赤色蛍光体についても,その内部量子効率が80%以上のものを容易に製造することができるものと解される。実際,証拠(甲18)によれば,本件出願後ではあるが,平成18年3月22日,内部量子効率が86ないし87%のCaAlSiN3:Euの赤色蛍光体が製造された旨が発表されたことが認められる。
ウ 以上によると,本件明細書の発明の詳細な説明には,当業者が内部量子効率80%以上の赤色蛍光体を製造することができる程度の開示が存在するものというべきである。

(3) 被告の主張について
(中略)
エ 以上のとおり,被告の上記主張はいずれも採用できない。

(4) 小括
よって,仮に,本件構成3について,個々の蛍光体の内部量子効率がそれぞれ80%以上であることが必要であると解するとしても,本件明細書の発明の詳細な説明には,当業者が内部量子効率80%以上の赤色蛍光体を製造することができる程度の記載がされているものということができるから,本件発明1について,本件明細書の発明の詳細な説明の記載が実施可能要件を充足しないとした本件審決の判断は誤りである。
本件発明2,4,6ないし13についても同様である。」

posted by mkuji at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 実施可能要件

2012年08月05日

技術常識を参酌しての文言の限定解釈に基づいて実施可能要件を肯定した事例(平成22年(行ケ)10306号)

知財高裁平成23年7月27日判決・平成22年(行ケ)10306号(置棚)は、ちょうど一年前のものですが、実施可能要件と文言解釈(クレーム解釈)について面白い判断をしていると思いましたのでメモ的に記しておきます。実施可能要件を判断する前提問題として、クレームの文言(「外管に内管を伸縮可能に挿通してなる」)を技術常識を参酌して限定解釈した事例です。

第1 判決の引用
「第4 当裁判所の判断

1 特許法36条4項違反についての判断の誤り(取消事由1)について
 原告は,特許明細書は特許法36条4項に違反するものであり,同規定の要件を満たしていると判断した本件審決には誤りがあると主張する。しかし,以下のとおり,原告の主張は失当である。
(1) 事実認定
(中略)
(2) 判断 
 本件発明1において,左右の支脚間に前後に架橋した棚受用横桟は,外管と内管から構成されている。このような構成を採用した趣旨は,横桟の全長を適宜調整できるようにするため,外管に内管を挿通して,外管を伸縮可能とするためであると解される。したがって,外管と内管について,このような構成を採用した趣旨に照らすならば,1本の管と同様の強度が得られるようにするため,外管と内管が接触するように挿通させるということは,当業者の技術常識から当然のことといえる。
 
 また,上記のとおり,特許明細書の【発明の実施の形態】には,内管の外管に対する挿通長さが長くなる分,横桟全体を強固とすることが可能であるから,内管はより長めのものを採用することが好ましいと記載されている。これは,内管が外管に挿入されて重なっている部分においては,内管と外管が接触していることにより強度が増すという趣旨であると理解するのが合理的である。
 
 さらに,本件発明1においては,固定棚の先端の円形孔からなる支持部に外管をその伸縮に応じて摺動自在に挿通すると共に,着脱自在な取替棚を前後の外管上に掛止する構成を採用する。そして,本件発明1は置棚に係る発明であり,固定棚及び取替棚の上には物を載置することが想定され,固定棚及び取替棚の上に物が載置された場合には,固定棚の支持部に挿通し,取替棚が掛止している外管に対し,上方から力がかかり,より強度に内管と接触することとなる。
 以上によると,内管が外管に挿入されて重なっている領域では,外管と内管は力を伝えるように接触しているということができる。そして,本件発明1では,外管と内管が接触するように挿入され,固定棚の支持部に外管が摺動自在に挿通していることから,固定棚を水平に維持することが可能となる。

(3) 原告の主張に対して
ア 原告は,特許明細書の請求項1には,外管と内管の関係について「外管に内管を伸縮可能に挿通し」と記載されているのに対し,固定棚の先端の支持部と外管の関係については「支持部に対して上記外管をその伸縮に応じて摺動自在に挿通し」と記載され,「摺動自在に」の語句の有無を使い分けていることから,外管と内管は接触しない状態で挿通すると解すべきであると主張する。
 しかし,以下のとおり,原告の上記主張は採用できない。
 確かに,特許明細書の請求項1には,固定棚の先端の支持部と外管の関係について「支持部に対して上記外管をその伸縮に応じて摺動自在に挿通し」と記載されているのに対し,外管と内管の関係については「外管に内管を伸縮可能に挿通し」と記載されており,「摺動自在に」とは記載されていない。しかし,外管と内管の関係については単に「挿通し」と記載されているだけであって,特許明細書及び図面に,「挿通」に関して接触しない状態で挿通するものに限るとの制限を加えるような記載はない。また,摺動自在に挿入する場合であっても,外管と内管との間に一定の隙間は必要であるところ,原告主張のように外管と内管が接触しないようにするためには,この隙間を大きくする必要があるが,特許明細書及び図面に,外管と内管との間の隙間について条件を加えるような記載はない。そうすると,外管と内管の関係について「摺動自在に」の語句がないことに格別の技術的意味はないというべきである。
(中略)

4) 以上のとおり,特許明細書の発明の詳細な説明には,本件発明1ないし3に共通する固定棚を水平に支持するとの構造につき,当業者が実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されているといえ,特許法36条4項の要件を満たすものであり,原告主張の取消事由1は理由がない。」

第2 私のコメント
1.原告(敗訴した方)は,特許明細書の請求項1の「(上記棚受用横桟は)外管に内管を伸縮可能に挿通してなる」との文言は「外管に内管を接触しないように伸縮可能に挿通してなる」という意味であるとした上で,上記棚受用横桟が「外管に内管を接触しないように伸縮可能に挿通してなる」ものであるときは外管と内管とが荷重を支えあう関係にないため「固定棚を水平に維持すること」が実施できないので実施可能要件がないと主張しました。

2.これに対して,本判決は,本件発明が棚受用横桟を外管と内管とから構成した趣旨は,外管を伸縮可能として横桟の全長を適宜調整できるようにするためであるところ,そのような趣旨に照らすならば,1本の管と同様の強度が得られるようにするため,外管と内管が接触するように挿通させるということは,当業者の技術常識から当然のことであると認定しました。
 そして,このような技術常識の認定から,特許明細書の請求項1の「(上記棚受用横桟は)外管に内管を伸縮可能に挿通してなる」との文言は「外管に内管を接触するように伸縮可能に挿通してなる」という意味であると解し,その上で,本願発明では,上記棚受用横桟が「外管に内管を接触するように伸縮可能に挿通してなる」ことから,外管と内管とが荷重を支えあう関係にあり,「固定棚を水平に維持すること」が実施できるから,実施可能要件を満たすと判断しました。
 このように,本判決は,明細書本文の記載と技術常識を参酌してクレーム文言を解釈し,このクレーム解釈に基づいて実施可能要件を肯定しました。
 つまり,実施可能要件についてクレーム解釈が決め手になった事例といえます。

3.なお、この判決では、実施可能要件を判断する前提問題として、実施例の文言の解釈ではなく、クレームの文言(「外管に内管を伸縮可能に挿通してなる」)の解釈を行なっています。これは、おそらく、原告の主張が「クレームが実施可能でない部分を一部に含むから実施可能要件がない」というものだと捉えた上で、クレーム文言を限定解釈することにより「クレームの全体が実施可能だ」としたものなのでしょう。
posted by mkuji at 23:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 実施可能要件