日経エレクトロニクス2013/8/5号に「標準必須特許がカギを握るグローバル特許戦争」という記事(ニ又俊文・東京大学政策ビジョン研究ンター客員研究員)が載っており、各国の特許侵害訴訟の状況などいろいろ興味深かったので、自分の感想も入れながらですが以下にメモしておきたいと思います。
1.現在(2011年)の年間の特許侵害訴訟の件数は、米国で4000件超、中国で8000件超、ドイツでも1000件超ですが、日本ではここ数年、毎年100数十件で米国の30分の1以下。
このような日本での「ぬるま湯」に浸かっている状況では、とても世界の激しい特許紛争が実感できず、紛争に対処できる人材も育たないという問題が指摘されています。なお韓国でも日本と同様に特許侵害訴訟は極めて少ないようです。
※追記:上記の記事には「日本における特許訴訟は年間わずか100数十件」という記載があるのですが、これは、おそらく「特許侵害訴訟の提訴件数か判決数かのどちらか」でしょう。つまり、当然に、商標権侵害、意匠権侵害、著作権侵害、不正競争防止法違反の事件は含んでいないし、「特許訴訟」の中でも侵害訴訟(民事訴訟)だけで審決(拒絶査定不服審判・無効審判・訂正審判の審決)取消訴訟(行政訴訟)は含んでいません。さらに、上記の「年間わずか100数十件」が、特許侵害訴訟の「提訴件数」か「判決数」(和解などで訴訟が終了したものはカウントしない)かは、はっきりしません(上記の米国の4000件は「提訴件数」の可能性が高いと思います)。
2.現在の特許侵害訴訟は、事業会社同士の紛争と、NPE(non practicing entity 特許不実施主体)が事業会社を訴える紛争との2つのタイプがあり、米国では後者が62%。
ただ、最近は、後者の紛争の中に、その実体が事業会社同士の争いであるもの、すなわち事業会社がNPEに権利活用を委託するケースが増えているということです。
なお、NPEという表現では大学や国の研究機関などが含まれるため、最近はこれらを除いたPAE(patent asserting entity)という表現(パテントトロールを指す表現)の使用が増えているようです。
3.標準必須特許(standard essential patents SEP)は、特許の請求範囲の請求項文言が標準規格の記載と合致すれば直ちに侵害性が立証できること、標準規格は10年単位の長期で動くことから、いったん標準規格に採用されれば企業にとって長期的な収益と優位性を確保できるというメリットがあり、中国や韓国なども2005年頃からSEP取得を国策として動いているということです。
2013年08月04日
グローバル特許戦争
2012年04月11日
インターネット時代の核抑止力
テクノロジー特許の価値が急上昇(ウォール・ストリート・ジャーナル日本版)
上の記事では、知的財産専門のマーク・ラドクリフ氏が「これは、特許が単純な法的資産から戦略的金融資産に変化するゆっくりとした進化だ」と指摘しているようですが、私には、「進化」というより1980年代日本の大手電機メーカーが採っていた特許戦略への先祖帰りのように思えます。
1980年代、我が世の春を謳歌していた日本の大手電機メーカーは、「質より量」を追う戦略で特許(出願)件数を競いながら、しかしそれらの特許を実際に訴訟で活用することはしないで核抑止力のように利用することにより、大手メーカー同士は互いに特許訴訟を起こさないという不文律(闇のクロスライセンス協定のようなもの)を作り上げ、談合的だと批判されたものです。
他方、特許実務者の立場から見ると、上の記事のように特許が核兵器だというのは、別にインターネット時代だからなんて関係なく、極めて当然の比喩だと思います。
なぜなら、特許とは、そもそも「排他権(禁止権)」として他社の事業を攻撃(差止め・損害賠償請求)できるだけものであり、他社の特許攻撃から自社事業を防御する法的効力は全くなく、その意味で、特許は、攻撃専用で防御には無力な核兵器と全く同じだからです。
しかし、特許には、法的な防御作用はないとしても、他社の事業を攻撃できるだけの特許を保有していることにより、他社からの特許攻撃を心理的・経済的に抑止できるとか、実際に特許訴訟を起こされたら反訴で対抗できるという意味での事実上の防御作用はあります。なお、「反訴で対抗できる」といっても、それは、自らが被告とされた特許訴訟とは別の訴訟を相手方にぶつけて和解交渉に入るようにプレッシャーを掛けられるかもしれないというだけのことで、自らが被告とされた特許訴訟を勝訴に導く法的効果はありません。その意味であくまで「事実上の防御作用」です。
ただ、事実上の防御作用だけだとしても、特許のストックを増やして訴訟に巻き込まれないようにするという戦略はそれなりの経済合理性を有しており、この流れは当分続くでしょうから、今後は米国でも、核抑止力で大国間の秩序が維持された冷戦時代(1980年代以前)のように、あるいは昔(1980年代)の日本のように、中小企業同士や中小企業と大企業との小競り合い的な訴訟はあっても大手企業同士の特許訴訟は無くなるという方向に行くのかもしれませんね。
テクノロジー企業の特許という軍備競争が再び熱を帯びている。最近の米国での特許買収価格の高騰は、もともとはメーカーではなかったため特許取得件数が少なかったネット企業が近年の特許攻勢に対処すべく特許ポートフォリオ強化に動いていることが背景にあることは周知のとおりです。
米ソフト大手マイクロソフト(MS)が総額11億ドル(897億円)でAOLの約1100件の特許を買収したり、そのライセンスを取得したことは、大規模テクノロジー企業の間の特許買収のブームを浮き彫りにした。これはインターネット時代の核抑止力となる。
法律事務所DLAパイパーのパートナーで、知的財産専門のマーク・ラドクリフ氏は「これは、特許が単純な法的資産から戦略的金融資産に変化するゆっくりとした進化だ」と指摘した。(中略)
昨年のグーグルによる125億ドルでの通信機器大手モトローラ・モビリティ・ホールディングス買収など、最近の特許買収の多くは対抗訴訟を行うための武器庫取得と見なされている。ヤフーから特許侵害の訴訟を起こされたフェイスブックは最近、IBMIから特許を取得して、ヤフーへの対抗訴訟を起こした。
上の記事では、知的財産専門のマーク・ラドクリフ氏が「これは、特許が単純な法的資産から戦略的金融資産に変化するゆっくりとした進化だ」と指摘しているようですが、私には、「進化」というより1980年代日本の大手電機メーカーが採っていた特許戦略への先祖帰りのように思えます。
1980年代、我が世の春を謳歌していた日本の大手電機メーカーは、「質より量」を追う戦略で特許(出願)件数を競いながら、しかしそれらの特許を実際に訴訟で活用することはしないで核抑止力のように利用することにより、大手メーカー同士は互いに特許訴訟を起こさないという不文律(闇のクロスライセンス協定のようなもの)を作り上げ、談合的だと批判されたものです。
他方、特許実務者の立場から見ると、上の記事のように特許が核兵器だというのは、別にインターネット時代だからなんて関係なく、極めて当然の比喩だと思います。
なぜなら、特許とは、そもそも「排他権(禁止権)」として他社の事業を攻撃(差止め・損害賠償請求)できるだけものであり、他社の特許攻撃から自社事業を防御する法的効力は全くなく、その意味で、特許は、攻撃専用で防御には無力な核兵器と全く同じだからです。
しかし、特許には、法的な防御作用はないとしても、他社の事業を攻撃できるだけの特許を保有していることにより、他社からの特許攻撃を心理的・経済的に抑止できるとか、実際に特許訴訟を起こされたら反訴で対抗できるという意味での事実上の防御作用はあります。なお、「反訴で対抗できる」といっても、それは、自らが被告とされた特許訴訟とは別の訴訟を相手方にぶつけて和解交渉に入るようにプレッシャーを掛けられるかもしれないというだけのことで、自らが被告とされた特許訴訟を勝訴に導く法的効果はありません。その意味であくまで「事実上の防御作用」です。
ただ、事実上の防御作用だけだとしても、特許のストックを増やして訴訟に巻き込まれないようにするという戦略はそれなりの経済合理性を有しており、この流れは当分続くでしょうから、今後は米国でも、核抑止力で大国間の秩序が維持された冷戦時代(1980年代以前)のように、あるいは昔(1980年代)の日本のように、中小企業同士や中小企業と大企業との小競り合い的な訴訟はあっても大手企業同士の特許訴訟は無くなるという方向に行くのかもしれませんね。
2011年12月25日
アップル対サムスンの訴訟合戦で見えてきたエレクトロニクス業界における知財構造の変化
日経エレクトロニクス2011/12/26号の「Apple 対 Samsung 訴訟合戦の先にあるもの」という記事(参考)を読みましたので、その感想を記しておきます。
この記事は、アップルは、米国特許だけを見るとサムスンの10分の1以下の件数しか持っていないのにサムスンと互角の戦いをしているのは何故か、という問題意識から出発していると思います。
従来のエレクトロニクスメーカーは、パテントトロールは別として、特許紛争で提訴されたときは反訴してクロスライセンスで結着させるべく、それを可能とする「特許の数」を持つことを重視してきましたし、サムスンもそのような戦略でやっていました。
しかし、最近のエレクトロニクス業界においては、機器のほとんどの部分が標準的な部品の組み合せで製造されるようになったという変化があります。
そこで、アップルは、おそらくは意識的に、このようなエレクトロニクス業界の構造変化を利用して、スマートフォンやタブレット端末のほとんどの構成要素を複数社から適法に調達できるコモディティ部品で設計するようにしたため、サムスンが反訴攻勢を仕掛けてきても、パテントトロールと同じようにクロスライセンスに乗る必要がなくなったということです。
逆に、アップルは、タッチパネルなどインターフェースのソフトウェア特許、端末の外観などのデザイン特許(意匠権)、ネーミングなどの商標権の取得に力を入れて、それらを複合的に絡めて攻めてきている、ということです。
つまり、アップルは、スマートフォンやタブレット端末について、自らが強みを発揮できるソフトウェアやデザイン以外の部分をコモディティ化させて他社の知財を無力化させることに成功した、ということです。「イノベーションは技術だけではない」というアップルの思想もその背景にあるだろうとのことです。
これからは、エレクトロニクスメーカーも、アップルの戦略を参考に、特許だけでなく意匠権、商標権、著作権、不正競争防止法(営業秘密・トレードドレス等)などをも組み合わせた複合的な知財システムで事業を守っていくことが大切になるのでしょう。
なお、この記事の中では、アップルが取得した強力な米国特許の1つとして、タッチパネル搭載型ディスプレイで一方向にスクロールするようにリストやドキュメントを表示し、ユーザーが終端を越えてスクロールすると、手を離した後に本来の終端まで引っ張られるように戻る表示の仕方を実現するソフトウェア特許(米国特許第7,469,381号。発明の名称「タッチ・スクリーン・ディスプレイ上でのリストのスクローリングとドキュメントの移動・スケーリング・回転」)を紹介しています。
また、この記事では、そうは言っても、なお反訴とクロスライセンスのために特許の数を確保しようとする戦略はまだ有効であることから、スマートフォン関連特許の買収金額が暴騰しており、2011年6月にアップルなどの企業連合がノーテルネットワークスの約6,000件の特許群(出願中のものを含む)を約45億米ドルで落札した件では、落札額からの単純計算によると特許1件当たり約75万米ドルとなった、と書いています。これは既にバブルの様相ですね。
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この記事は、アップルは、米国特許だけを見るとサムスンの10分の1以下の件数しか持っていないのにサムスンと互角の戦いをしているのは何故か、という問題意識から出発していると思います。
従来のエレクトロニクスメーカーは、パテントトロールは別として、特許紛争で提訴されたときは反訴してクロスライセンスで結着させるべく、それを可能とする「特許の数」を持つことを重視してきましたし、サムスンもそのような戦略でやっていました。
しかし、最近のエレクトロニクス業界においては、機器のほとんどの部分が標準的な部品の組み合せで製造されるようになったという変化があります。
そこで、アップルは、おそらくは意識的に、このようなエレクトロニクス業界の構造変化を利用して、スマートフォンやタブレット端末のほとんどの構成要素を複数社から適法に調達できるコモディティ部品で設計するようにしたため、サムスンが反訴攻勢を仕掛けてきても、パテントトロールと同じようにクロスライセンスに乗る必要がなくなったということです。
逆に、アップルは、タッチパネルなどインターフェースのソフトウェア特許、端末の外観などのデザイン特許(意匠権)、ネーミングなどの商標権の取得に力を入れて、それらを複合的に絡めて攻めてきている、ということです。
つまり、アップルは、スマートフォンやタブレット端末について、自らが強みを発揮できるソフトウェアやデザイン以外の部分をコモディティ化させて他社の知財を無力化させることに成功した、ということです。「イノベーションは技術だけではない」というアップルの思想もその背景にあるだろうとのことです。
これからは、エレクトロニクスメーカーも、アップルの戦略を参考に、特許だけでなく意匠権、商標権、著作権、不正競争防止法(営業秘密・トレードドレス等)などをも組み合わせた複合的な知財システムで事業を守っていくことが大切になるのでしょう。
なお、この記事の中では、アップルが取得した強力な米国特許の1つとして、タッチパネル搭載型ディスプレイで一方向にスクロールするようにリストやドキュメントを表示し、ユーザーが終端を越えてスクロールすると、手を離した後に本来の終端まで引っ張られるように戻る表示の仕方を実現するソフトウェア特許(米国特許第7,469,381号。発明の名称「タッチ・スクリーン・ディスプレイ上でのリストのスクローリングとドキュメントの移動・スケーリング・回転」)を紹介しています。
また、この記事では、そうは言っても、なお反訴とクロスライセンスのために特許の数を確保しようとする戦略はまだ有効であることから、スマートフォン関連特許の買収金額が暴騰しており、2011年6月にアップルなどの企業連合がノーテルネットワークスの約6,000件の特許群(出願中のものを含む)を約45億米ドルで落札した件では、落札額からの単純計算によると特許1件当たり約75万米ドルとなった、と書いています。これは既にバブルの様相ですね。
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