2012年07月21日

新しいタイプの阻害要因を認めた事例(平成23年(行ケ)10098号)

知財高裁平成24年7月17日判決・平成23年(行ケ)10098号(ストロボスコープを使った入力システムを備える情報処理装置)は、以下に述べるような2つのタイプの阻害要因を認めました。
※当初のタイトルが長すぎたので修正しました(2012/7/28)。

1.本判決の判断(2つの阻害要因)
本判決の判断は次の3つに纏められます。

(1)相違点1については、主引用発明(刊行物1)に副引用発明a(刊行物2)を適用することが容易だから審決の判断に誤りなし(実はこの点は、本判決中の裁判所の判断では明示していないのですが、以下の検討のため入れておきます)。

(2)相違点3については、主引用発明(刊行物1)に副引用発明b(刊行物3)を適用するには阻害要因があるから、審決の判断は誤り。

(3)相違点1についての副引用発明a(刊行物2)と相違点3についての副引用発明b(刊行物3)とは互いに相反する構成を有するから、主引用発明(刊行物1)に副引用発明a(刊行物2)と副引用発明b(刊行物3)とを「同時に」組み合わせることには阻害要因があるから、審決の判断は誤り。

2.検討
上記1(2)の阻害要因は、ある1つの相違点の容易性判断に関して、主引用発明と副引用発明との組合せには阻害要因があるとするもので、従来からよく見る阻害要因の通常のパターンです。
これに対して、上記1(3)は今までに無い新しいタイプの阻害要因だと思います(私が知らないだけかもしれませんが)。
つまり、上記1(3)は、本件では上記1(2)のとおり既に相違点3についての審決の容易性判断が誤りとされたのですが、仮に相違点1についての審決の容易性判断も相違点3についての審決の容易性判断も共に誤りが無いとしても、それらの2つの判断を総合すると全体として誤りとなるような阻害要因がある、としたものです。

3.本判決が提示した新しいタイプの阻害要因
話を単純化するために、次のような仮定の事例を設定してみます。
審決取消訴訟の対象となった審決中の2つの容易性判断

(a)相違点Aについては、主引用発明に副引用発明aを適用する動機付けがあるので容易に想到できた。

(b)相違点Bについては、主引用発明に副引用発明bを適用する動機付けがあるので容易に想到できた。

このように、2つの相違点A,Bの各容易性判断毎に、それぞれ引用される副引用発明をa,bというように互いに異なるものとしてもよいことは、従来の実務から、当然の前提です。
そして、もし裁判所において上記(a)と(b)とが、それぞれ、いずれも妥当だと考えたなら、従来なら、それで終り(審決は違法でない)でした。

しかし、本判決では、もし裁判所において上記(a)と(b)とがいずれも妥当だと考えたとしても、なお、審決の容易性判断に誤りがある場合がある、としました。
それは、上記の相違点Aについての副引用発明aと、上記の相違点Bについての副引用発明bとが、互いに相反する構成を有している場合です。
「互いに相反する構成を有している場合」とは、相違点Aを備えるために主引用発明に副引用発明aを適用すると主引用発明に副引用発明bを適用できなくなり、逆に、相違点Bを備えるために主引用発明に副引用発明bを適用すると主引用発明に副引用発明aを適用できなくなるような場合です。

そのような場合は、そもそも本件発明に到達するためには複数の相違点A,Bを「同時に」備える必要があるところ、前述のような互いに相反する構成を有する副引用発明a及びbを「同時に」主引用発明と組み合わせることには阻害要因がある、だから、仮に上記(a)及び(b)のような複数の相違点A,Bについての各容易性判断がいずれも妥当だったとしても、なお本件発明全体の容易性判断としてみれば阻害要因があるので審決の判断は誤りであるということです。

よって、本判決から、「相違点Aについての副引用発明aと相違点Bについての副引用発明bとが相反するときは発明全体の容易性判断(複数の相違点を横断的に総合した判断)として組合せの阻害要因がある」という新しいテーゼが提示されました。

なお、本判決について、私のような読み方(解釈)には異論があるかもしれませんが、私は上記のように読みました。
以下に、本判決の一部を引用しておきます。

「(3) 検討
上記のとおり,刊行物2記載の技術は対象物体に色マーカーや発光部を取り付けることを想定していないものであり,他方,刊行物3記載の技術は入力手段(筆記用具)に再帰反射部材を取り付けるものであって,両者は,マーカー(再帰反射部材)の取付けについて相反する構成を有するものである。したがって,刊行物1記載の発明に,刊行物2記載発明と刊行物3記載発明を同時に組み合わせることについては,阻害要因があるというべきである。よって,「本願発明は,刊行物1記載の発明,並びに,刊行物2及び刊行物3に記載された技術に基づいて,当業者が容易に発明できたものである」(9頁28〜30行)とした本件審決の判断は,誤りである。

(4) 被告の主張について
 被告は,刊行物2の段落【0021】は,使用者の「手や身体の一部に色マーカーや発光部を取り付け,画像によりそれらを検出し,手・身体の形,動き」を認識する場合においては,「操作の度に装置を装着しなくてはならない」こと等が問題であることを説明するもので,手や身体の一部にマーカー等を装着する場合における問題を説明するものにすぎず,手や身体以外の物品等にマーカー等を装着する場合について述べたものではないから,本件審決が,刊行物2記載の技術を適用するとしている刊行物1記載の発明は,「ゴルフボール13とゴルフクラブ34の外形形状」を認識対象とするものであって,上記問題は無関係であり,原告が主張するような組合せ阻害要因はないと主張する。

 しかし,上記(1)のとおり,刊行物2記載の技術は,色マーカーや発光部を取り付けることを想定していないから,被告の主張は採用できない。
3 以上のとおり,原告主張の取消事由1−2及び取消事由4には理由があるから,審決は違法として取り消されるべきである。」
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2010年05月23日

組合せ発明(コンビネーション発明)の特許性、ニーズ発見能力

組合せ発明(コンビネーション発明)とは、既存(公知)の技術(要素)を組み合わせた発明で、その「組み合わせ」をポイントとしている発明です。
既存の技術を「単に寄せ集めた」だけの発明は進歩性がないので特許されません。
これに対して、既存の技術を有機的に組み合わせて特有の効果を生じさせた発明(「単なる寄せ集め」ではない発明)については、進歩性があるとして特許が認められる場合と進歩性がないとして特許性が否定される場合とがあります。
「既存の技術の組み合わせ」でも、特許性が認められることは少なくありません(というか、特許庁が認めている特許全体のおよそ7〜8割は、ソフトウェア特許やビジネスモデル特許をも含めて、組合せ発明だと思います)。
例えば、「A+B」の発明で、「A」「B」が既存の技術だとしても、「+」(AND)の部分(組み合わせたこと)が容易ではなかったと評価されれば、進歩性は認められます。
なお、「+」の部分は、「AとBとから成る・・・」という単純な形もありますが、「Aからの・・・に基づいてBを・・・する制御手段」などの形もあります。(※一部加筆しました)
組合せ発明(コンビネーション発明)で進歩性が認められた例を3つ、以下に記しておきます。


1 「ICカード」の特許(特許第940548号。1979年1月30日登録→1990年3月3日期間満了で消滅)
この特許の公報によると、この特許のクレーム(特許請求の範囲)は次のとおりです(図面もこの公報から引用)。
「能動素子を含み外部からの入力に応答して識別用の新たな信号を発生する集積回路を識別装置として本体に埋設して成る識別カード。」
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極めて広いクレームですが、要するに、「IC(集積回路)をカードに埋設して成るICカード」の発明で、ICとカードとの組合せ、「IC + カード」という発明です。
この場合、「IC」と「カード」は既存ものですが、ICをカードに埋設することにより何処でも手軽に本人確認ができるなどの効果が得られること、ICとカードとを組み合わせる動機付けは出願当時に無かったことなどから、「IC」と「カード」とを組み合わせたこと(「IC + カード」の「+」の部分)は容易ではなかったとして、進歩性が認められました。


2 「雪見だいふく」の特許(特許第1537351号。1989年12月21日登録→2001年5月29日期間満了で消滅)
この特許クレームは次のようになっています(その下の図面はこの特許の公報のものではなく参考用です)。
「略アミロペクチンより構成されるでん粉と糖類と水との混合加熱により得られる粘弾性物にて冷菓を被覆することを特徴とする被覆冷菓。」
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この特許クレームもかなり広いです。2001年にこの特許が期間満了で消滅するまでは、この特許のおかげで類似品はほとんど出てなかったと思います。
この発明は、要するに、「丸い団子状の冷菓を餅皮(粘弾性物)で包む」という発明、つまり、「丸い団子状の冷菓 + 餅皮(粘弾性物)」の組合せ発明です。
そして、「(丸い団子状の)冷菓」は昔からありましたし、「餅皮」も「餅皮(もち米粉を蒸して得られた皮)で小豆餡を包んだ大福餅」のように昔からありました。
しかし、「冷菓」と「餅皮」を組み合わせることにより食感が変わって冬でも冷菓を食べやすい(冬でも冷菓が売れる)という特有の効果があり、「冷菓」と「餅皮」を組み合わせる動機付けは無かったので、「冷菓」と「餅皮」とを組み合わせたこと(「冷菓 + 餅皮」の「+」の部分)は容易ではなかったとして、進歩性が認められたものと思います。




3 「体温計付き腕時計」(実公昭43−29993号)

特許庁の審査で進歩性が認められて登録査定は出ましたが出願人の都合で登録番号はないようです。

公告クレームは次のとおりです。

「腕時計の本体の裏蓋に凹所を設け、前記凹所に体温計の感知部を装着して前記感知部を裏蓋と同一面とし、かつ、体温計の表示部を文字板の一部に装着し裏蓋の体温計の挿入孔にパッキングを装着してなる体温計付き時計。」

次の図はこの公告公報からの引用で、符号8が体温の表示部、符号12はこの表示部を装着する部分です)。

f:id:mkuji:20100522214210g:image

この発明(考案)も、「腕時計 + 体温計」という組合せ発明です。そして、「腕時計」も「体温計」も既存のものに過ぎません。

しかし、腕時計と体温計は共に身体に密着して使用するものなので、体温計を腕時計の身体側の部分に配置することにより「何時でも何処でもそのまま(いちいち体温計を身体に付ける動作をすることなく)体温を計測できる」という特有の効果が得られます。そして、腕時計と体温計とは技術分野などが異なっており組み合わせの動機付けはないので、「腕時計」と「体温計」とを組み合わせたこと(「腕時計 + 体温計」の「+」の部分)は容易ではなかったとして、進歩性が認められたのだろうと思います。

なお、上記のクレームのままでは無理ですが、もし「計時機能(タイマー機能)と体温測定機能との連携手段」(腕時計の計時部からの信号により体温計の計測を開始させる手段)という要素(限定)を補正で付加するようにすれば、「ユーザーがいちいち操作しなくても(知らない間に)毎日決まった時刻に基礎体温などを計測することができる」という特有の効果を主張することもできます。(この部分、追記しました。2010/11/15)

追記(基本発明の手法の一つとしての「ニーズ発見能力」):
なお、上記のICカードの基本特許(特許第940548号)は、特許された1979年頃はICの価格が高くて実用化の見込みが無かったのですが、ICの価格が大幅に下がってICカードの商品化が現実になった1980年代後半から特許期間が切れるまでの数年間は、大手電機メーカーなどからライセンスの申込みが殺到し、この間のライセンス料収入は数十億円〜百数十億円(当時)にもなったそうです。

このICカードのアイデアは、1970年当時、有村国孝という青年が、古河電工を辞めて米国に行き、そこで日本より10年早いカード社会(ただし磁気カード)を経験し、「これからは記録容量の小さい磁気カードでは役に立たなくなるのではないか」という問題意識から思い付いたもので、特許権者は有村さん個人になっています。

このICカードの基本特許は、当時の72文字しか記憶できない磁気カードでは将来は役に立たなくなるという隠れた課題・ニーズの発見から生み出されたもので、このような「隠れた先端的なニーズ」を発見する「ニーズ発見能力」が基本発明を生み出すための重要な手法の一と思います。個人でもこのような基本特許を取得できるのですから、中小企業でも十分に可能性はあると思います。

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posted by mkuji at 18:04| Comment(2) | TrackBack(0) | 進歩性

2010年02月24日

エコキュートと太陽熱温水器の併用システム(天気予測機能付き)



空気を圧縮して熱を生み出すエコキュートと太陽熱で湯を沸かす太陽熱温水器を組み合せただけでは、通常は、「単なる寄せ集め」として、「進歩性」(「発明が容易にできたものではないこと」という、特許になるかどうかで最も争われる要件)が認められません。


でも、この組合せの仕方に一工夫を加えたら、進歩性が認められる場合があります。


例えば、デンソーと矢崎総業が今月(2010年2月)販売を開始した、天気予測機能付きの太陽熱エコキュート併用システム。


加湿センサなどからのデータから明日の天気を予測するプログラムを内蔵しているようです(ネットから天気予報情報を取り込んでも同じ)。


そして、プログラムが明日は晴れだと予測した場合は、その前夜(つまり今夜)はエコキュートを作動させないで、明日の朝になってから、その日の太陽熱を使って湯を沸かします。


他方、明日は曇りか雨だと予測した場合は、その前夜(つまり今夜)、割安の夜間電力を使ってエコキュートで湯を沸かしておきます、というものです。


明日は晴れだと予測した場合はその前日の夜はエコキュートを作動させないので、電気代が大幅に節約できます。


この発明は、「明日が晴れかどうかの天気予測に基づいてエコキュートと太陽熱温水器とを切り替え制御するように、両者を組み合わせたもの」(そのような切り替え制御手段を付加したもの)ですから、「ただの組み合せ(単なる寄せ集め)」とは言えないので、進歩性が認められると思います(というか、もう既に特許されている? 確認してません。なお、以上は私が下記のデンソーのホームページを見て、こういう発明なのかなと予想した内容ですので、実際の商品とは違っている可能性はあります)。


f:id:mkuji:20100225095023j:image


上図はこの装置を紹介しているデンソーのホームページからの引用です。


http://www.denso.co.jp/ja/news/newsreleases/2009/090727-01.html


以下に、このホームページ中の、この装置の紹介文の一部を引用しておきます。



"空気の熱"と"太陽熱"、2つの再生可能エネルギーをベストミックス


 本システムは、"空気の熱"を利用するエコキュートと、"太陽熱"を利用するソーラーシステムを組み合わせた、2つの再生可能エネルギーによる給湯システムです。(中略)


•「天候予測機能」と「給湯使用量学習機能」によってムダなエネルギー利用を抑制


 本システムは、天候を予測する天候予測機能でソーラーシステムの集熱器から集熱できる熱量を予測するとともに、1日の給湯使用量を学習する機能でご家庭に応じた最適な給湯量を計算しますので、エネルギーのムダを省き、エコキュートの給湯効率を向上させることが可能です。



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posted by mkuji at 01:23| Comment(6) | TrackBack(0) | 進歩性