「◇自治体には「居室ではなくベッド」と主張
東京都文京区音羽の分譲マンションの一室が管理組合に無断で「脱法ハウス」に改築された問題で、主導した港区赤坂のシェアハウス運営業者の社長が、寝台を上下に並べ床面積を節約する技術を実用新案登録していたことが分かった。業者は自治体などに「居室ではなくベッドの一種」と主張しているが、実用新案の書面では「基本は就寝空間として利用されるが、小規模ながら居住空間としても機能する」と記し、事実上の居室利用をほのめかす内容となっていた。(中略)
これらの構造が、社長の名前で今年2月13日に実用新案登録された。特許庁に提出した説明文は、「複数人分(の個室)を少ない面積で構成できるため、共有空間を狭めない」とメリットを強調。各個室に関し「リビング(機能)の一部を含む」と明記。「ローボード(低い棚)やテレビも装備される」と説明している。
建築基準法施行令は居室の天井高を最低2.1メートルと規定。都建築安全条例は共同住宅の居室の最低面積を7平方メートル(約4.3畳)とし、火災時に窓から避難できるよう窓下の敷地に空きスペースを設けるよう義務付ける。こうした規定は寄宿舎の寝室にも適用されるが、業者は、一つの住居内に複数設置されたベッドなどと主張することで区の指導などをかわしてきた。(中略)
実用新案は、特許と違って登録前に内容の審査がなく、権利行使に必要な「技術評価書」の発行時に特許庁が審査する。同庁は、個々の評価内容は公表しておらず、広報室は「登録は書式が整っていれば認めるが、適法との『お墨付き』ではない。技術を行使した結果(の違法性)は原則審査対象ではない」と説明する。」
数日前の記事ですが、いくつかの問題について書いてみたいと思います。
1.公序良俗違反
違法ハウスについては少し前にクローズアップ現代でもやっていて、興味深く見ました。
上の記事からは、違法ハウス(脱法ハウス)を目的とする考案だったのに、実用新案出願は無審査だから登録になったのではないかというニュアンスも窺えますが、仮に無審査ではない特許出願で行った場合でも登録になったと思います。
つまり、特許法32条と実用新案法4条は、共に公序良俗違反の発明・考案は登録できないと定めており、特許法の教科書では例えば偽札を製造するための発明などは登録できないと書いています。
しかし、本件のように、単に建築基準法やその施行令に違反するという程度で登録が拒絶されることはまずないというのが実務の感覚です。
なぜなら、建築基準法やその施行令はその時代に合わせて逐次改正されるものですし、地域別の特例などもあります。
また特許は最長20年の保護期間が認められるので、現状では形式的に違法でも20年後の将来は適法とされて実用化できる可能性もあるからです。
そして、もともと特許庁の審査というのは、机上での定型的な判断を行なう場であり、出願人が実際に発明をどのような事業に利用しようとしているのか、その事業は適法なものかなどの背景事情は関知しません。
だから、本件が仮に特許として出願されても、他の進歩性などの要件がOKなら、おそらく特許されたと思います。
2.クリーンハンズの原則
では、特許・登録された後に、特許権者や実用新案権者が、その特許や実用新案権を使って、実際に特許侵害に基づく差止め請求や損害賠償請求をしたらどうなるでしょうか?
その特許権者が違法ハウス(脱法ハウス)の事業者で、その事業者が競合する他の違法ハウスの事業者を訴えた場合ならば、裁判所としては、クリーンハンズの原則(自ら不法に関与した者には裁判所の救済を与えないという原則)からも、請求を棄却するのが妥当ということになると思います。理論的には、例えば、この段階で、本件特許発明は違法ハウス事業を行なうために取得されたものだと事実認定して(裁判では特許庁での審査と異なって背景事情も考慮されます)、本件特許は違法な事業を目的とするもので公序良俗に反しているから無効(特許法104条の3)として請求棄却判決を出す可能性はあると思います。
他方、その特許権者が違法ハウス事業を行なっていない(行なう予定もない)個人や企業である場合は、その違法ハウスに関する特許に基づいて、実際に違法ハウスをやっている業者に対して差止め請求や損害賠償請求をしたら、ほぼ問題なく請求認容判決が出るだろうと思います。
2013年08月12日
違法ハウス(脱法ハウス)を目的とする実用新案登録
2010年02月19日
特許制度はイノベーションを阻害するのか?
特許の数を増やすことがイノベーションだと思い込んでいる人がいるが、両者は無関係である。日本企業の取得した特許は人口比では世界一だが、ほとんどが死蔵されてイノベーションに結びついていない。経済学の実証研究でも、企業が競争優位を守るために使う手段としてもっとも重要なのは、速く開発することによるリードタイムや企業秘密で、特許はほとんど重視されていない。(中略)
特許は薬品のように固定費の大きい分野ではまだ有効だが、半導体ではもはやクロス・ライセンスの交渉材料として使われるだけで、むしろ既存企業のカルテルを促進して参入を阻害している。ビジネスプロセスに至っては、弁護士以外の誰の得にもならない。
池田信夫さんが特許制度はイノベーションを阻害すると主張しています。
確かに、特許法1条が「・・・発明を奨励し、もって産業の発達に寄与する」と定めるように、特許制度の目的は、産業発達、そのためのイノベーション(≒技術革新)振興です。
しかし、「イノベーション振興」には、次の2つのレベルの内容があると思います。
(1)社会における新しいアイデア・技術の豊富化(研究開発の活発化)
(2)社会における新しい商品・サービスの豊富化(製造販売の活発化)
そして、特許法1条に「・・・発明を奨励し・・・」とあるように、特許制度は、もともと上記(1)の「新しいアイデア・技術の豊富化(研究開発の活発化)」を実現するために設計された制度であり、それは現状でもうまく行っていると思います。
つまり、特許制度とは新しい発明をして出願すればその発明内容を国家が社会に公開しその引き替えにその発明に関して一定期間の独占権を与えるというものですが、もしこれがなかったら、新しい発明をしても保護されないので新しい発明や研究をしようというモチベーションが低下してしまったり、新しい発明や研究をしてもそれを公表しないで隠しておくようになり研究開発が各事業体で重複して行われることになって社会全体で研究開発の大きな無駄が生じてしまいます。
また、特許は、実用化レベルでの製造・販売に対する禁止権に止まり、「試験又は研究のためにする特許発明の実施」には効力が及ばない(特許法69条1項)ので、特許が純粋な研究開発そのものを阻害することは原則としてないと言えます(企業や大学などでの研究に使う道具(リサーチツール)に特許が成立しているためにそれを使って行う研究ができないという問題はあります。また、どうせ実用化できないのなら研究しても仕方ないとヤル気を失う場合もあるでしょうね)。
他方、上記(2)の「新しい商品・サービスの豊富化(製造販売の活発化)」=「新製品の実用化(製造・販売)というレベルでのイノベーション」に関しては、特許が、それを阻害する結果になることはあるんだろうと思います。つまり、特許は、「製造・販売」についての禁止権として、後発者による模倣商品の登場を抑制するために機能しますが、その結果として、後発者の新規参入を妨害する作用を果たしたり、そのような目的で悪用されたりする場合も現実にはあると思います。
しかし、この問題は、上記(1)の「新しいアイデア・技術の豊富化(研究開発の活発化)」のために特許制度を運用する過程で生じてしまう「副作用」と捉えるべきで、特許制度そのものを否定するのではなく別の方向から解決すべきではないかと思います。
例えば、ライセンス契約を利用したカルテルなどの独占禁止法に抵触する事例を厳正に摘発する、ライセンス契約交渉を多くの企業が活発に気軽に行えるように制度を整えたりそのような社会文化を醸成する、公益のための強制実施権の設定を容易化することなどで、上記「副作用」の緩和が可能になるではないかと思います。
にほんブログ村 法務・知財←ブログランキングに参加してます。ポチッと^^