特許侵害による損害額の算定に関する特許法102条と「損害の発生」、「自己実施」の有無の関係は、どうも分かり難い。規定の法的性質、自己実施の場合、損害の不発生の場合との関係などがすっきりしない。不完全な知識のままだけど、一応、纏めておきます。間違ってるかも知れません。
1 特許法102条1項について
(1)特許法102条1項は、侵害者の譲渡数量と権利者の「もし侵害がなければ販売できた単位数量当たりの利益額」とにより算定した額を「損害額とする」と定める。
(2)特許法102条1項の法的性格については、争いがある。
A説:「民法709条による損害(逸失利益)」と侵害との因果関係の証明責任を軽減する規定である(竹田404頁)。
B説:東京地裁平成14年3月19日判決の立場で「この規定は、侵害品と権利者製品とが市場において補完関係に立つという擬制の下に設けられた規定である」とするもの(竹田404頁より)。この立場は、要するに、消極的損害(逸失利益)と侵害との因果関係を「擬制」する規定だというものだろうか?
(3)権利者の「自己実施」がない場合に、特許法102条1項は適用されるか?
・上の法的性格論との関係がいまいち不明確な気がするが、2つの説があるらしい。
ア説:権利者の「自己実施」がない場合は、特許法102条1項の適用はない。
イ説:権利者の「自己実施」がなくても、「商品の競合」があれば特許法102条1項の適用が可能(権利者が何らかの製品を製造販売していてその権利者製品が被告製品と競合関係にある場合は、たとえ権利者製品が特許製品でなくても権利者の売上げ減少と侵害との相当因果関係はあり得るので、相当因果関係の証明責任の軽減(B説では相当因果関係の擬制?)の規定を適用してよい、ということか?)。
・上の法的性格論のB説からは「商品の競合=補完関係」を擬制しているから、自己実施がなくても(「商品の競合」が擬制されれば、たとえ権利者の製品が特許製品でなくても権利者の売上げ減少と侵害との相当因果関係はあることになるから、ということか?)特許法102条1項を適用できるとなるのだろうか?
ただ、上の法的性格論のA説からでも、「商品の競合=補完関係」を主張・立証すれば、自己実施がなくても(「商品の競合」があると証明された場合は、たとえ権利者の製品が特許製品でなくても権利者の売上げ減少と侵害との相当因果関係はあるから?)特許法102条1項を適用できるとなるだろう(私見。次の特許法102条2項の議論と同じ)。
2 特許法102条2項について
(1)特許法102条2項は、侵害者の利益の額を「損害額と推定する」と定める。
(2)特許法102条2項の適用を受ける「損害額」の性質については、「民法709条による消極的損害(逸失利益)」だとするのが判例・通説(竹田415頁より)。
(3)権利者の「自己実施」がない場合に、特許法102条2項は適用されるか?
昔の判例・通説は、上記の規定の性格から、自己実施がない場合は(逸失利益がないから?)適用されないとしていた(竹田415頁より)。
しかし、最近の裁判例(平成19年(ワ)3494号 東京地裁平成21年8月27日判決「経口投与用吸着剤・・」)は、次のように述べて、権利者の「自己実施」がない場合でも特許法102条2項の適用を認めている。
すなわち、平成19年(ワ)3494号 東京地裁平成21年8月27日判決「経口投与用吸着剤・・」のロジックは次のとおり。
1)特許法102条2項は、「損害額」の推定規定であり、「損害の発生」までをも推定する規定ではない。
2)したがって、「侵害行為により消極的損害(逸失利益)が発生したこと」の主張立証がない限り、特許法102条2項の適用はない。
3)しかし、権利者の自己実施がない場合でも、「侵害行為により消極的損害(逸失利益)が発生すること」は有り得るので、その事実が主張立証された場合は特許法102条2項が適用される。
4)侵害者の製品と権利者の製品(権利者の特許製品ではない製品?)とが市場で競合しシェアを奪い合う関係(「補完関係」と同じ意味か?)にあった場合は、(権利者の自己実施がなくても)「侵害行為により消極的損害(逸失利益)が発生した」といえるので、特許法102条2項が適用される。
3 特許法102条3項について
(1)特許法102条3項は、実施料相当額の金銭を「損害額として請求できる」と規定している。
(2)特許法102条3項の法的性格
特許法102条3項は、「実施料相当額を損害額として請求できる」と規定しており、損害額を「法定」(「擬制」と同じ意味か?)しているという理由から?、原告側において「損害の発生」の主張立証は必要はない(原告は特許侵害と実施料相当額を主張立証すれば足りる)し、権利者の自己実施は必要ない、というのが定説(通説)のようだ(竹田430頁、433頁)。
これは、特許法102条3項が「損害額を法定している」ということは「損害の発生を推定している」ということも含まれると解釈して、証明責任が転換され、原告は「損害の発生」を主張立証する必要はない(被告は「損害の不発生」を否認ではなく抗弁として主張できる)としているのだろうか?(下記の(3)のB説=判例に立つ場合。なお「過失の存在」についても、特許法103条により推定されるので、原告は主張立証する必要はなく、被告が過失が無かったこと(無過失)を抗弁として主張立証できる、とされている)。
次に、上記のような「権利者の自己実施は必要ない」という定説を前提としても、「損害不発生」を抗弁として主張できるかは争いがある。次の(3)。
(3)被告は「損害不発生」を抗弁として主張できるか?
A説:特許法102条3項は「損害額」を擬制するだけでなく「損害の発生」をも擬制するものだから、損害不発生は抗弁とならない。
B説:特許法102条3項は、(あくまで民法709条の不法行為法の枠組みの中での規定であり、)「損害額」を法定しただけ(「法定」は「擬制」と同じか?)で、「損害の発生」まで擬制したものではないから、損害不発生は抗弁事由となる(この説では、おそらく、上記(2)で述べたように、特許法102条3項は「損害の発生」を推定しているから原告は「損害の発生」を主張立証する必要はないということを前提としているようだ)。
・判例(商標法についてのものだが、最高裁平成9年3月11日「小僧」事件判決)はB説に立つようだ(竹田434頁)。
・この判例(B説)によるときは、例えば、侵害が(侵害者の?)売上に全く寄与していない場合などは、被告が損害不発生を抗弁として主張立証すれば、特許法102条3項の適用は否定される(竹田434頁)。
・なお、竹田434頁には、B説からは、特許権者が専用実施権を設定している場合は(おそらく損害不発生だという理由から?)特許法102条3項の適用はないとされている、と書かれている。
しかし、このB説からの結論は、おそらく、「専用実施権を設定した特許権者は差止め請求も損害賠償請求もできない」という昔の通説を前提としてのことだろう。
今の「専用実施権を設定した特許権者でも、実施料収入の確保又はその前提となる専用実施権者の売上の確保という観点から、侵害への差止め請求権を行使可能」という判例(平成16年(受)997号最高裁平成17年6月17日判決)を前提とすれば、B説からでも、(専用実施権を設定した特許権者でも、侵害によって専用実施権者の売上が減少した場合は、特許権者には実施料収入の減少という逸失利益=消極的損害が発生するので損害賠償が可能だから)特許法102条3項の適用はあるということになるだろう。
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