2012年09月16日

課題解決アプローチと審決取消訴訟の審理範囲など

「パテント」2012/9月号の「特許紛争のより適正な解決の模索」というシンポジウム(東京弁護士会主催)の記録を読んで気になった課題解決アプローチ、審決取消訴訟の審理範囲、その他について、私見をも含めて以下にメモしておきます。

1.課題解決アプローチ(進歩性判断手法の一つ)
・塩月秀平判事によると、知財高裁は東京高裁の時代から多くの裁判例で暗黙の中にEPOの課題解決アプローチ(米国のTSMテストにも繋がるもの)を適用してきたとのことです。

この課題解決アプローチとは、第1段階で「一番近い先行技術を決定し」、第2段階で「解決すべき客観的な課題を設定し」、第3段階で「一番近い先行技術と設定された客観的課題とから出発して、熟練者にとってクレーム発明が自明であったか否かを考察する」ものです。
この課題解決アプローチと日本の知財高裁が問題としている動機付け・示唆等はほぼ同じ基準だということです。

・この課題解決アプローチでは、第2段階の「解決すべき客観的な課題を設定し」において、設定する「解決すべき客観的な課題」には、主引例の中に明示されている課題だけでなく、従来より自明の課題も含まれるというのがポイントだろうと思います。

2.審決取消訴訟の審理範囲
・塩月判事によると、審決取消訴訟の審理範囲に関するメリヤス編機最高裁判決(最大判昭和51年3月10日・昭和42年(行ツ)第28号)についての現在の知財高裁の考え方は次のようなものです。

(1)審決取消訴訟の訴訟物は「審決の違法性の有無」。
(2)行政訴訟一般では、行政処分と異なる理由に差し替えて行政処分を維持することはできるというのが一般的な考え方であり、メリヤス編機最高裁判決は、この行政訴訟の一般的な考え方を前提としつつ、審決取消訴訟の特殊性から、新規性・進歩性に関する審理範囲を「(審判の中で出された)特定の公知技術との対比における進歩性・新規性の判断に関する誤り・違法性の有無」に制限した(新たな引用例を加えて判断することはできない、とした)。
(3)したがって、逆に、「特定の公知技術との対比における進歩性・新規性の判断に関する誤り・違法性の有無」という枠内においては、特に審理の制限はない。よって、この枠内にある限りは、例えば、審決において発明の要旨認定が誤っていたために又は複数の相違点の中の一つの判断が誤っていたために進歩性なしと判断されたが、判決において発明の要旨を正しく認定しても又は他の相違点について判断した結果やはり進歩性なしという同じ結論になったときは、審決の誤りは結論に影響しないとして審決を取り消さなくてもよい。
(4)但し、このような場合でも、特許庁による前審判断経由の利益(制度的保障)の趣旨などから、これは重要なことだから特許庁の審判においてもう一度審理すべきだという事情を当事者が主張してそれが説得力がある場合は、審決を取り消すことは在り得る。

・「審判の中で出された特定の公知技術との対比」は審決取消訴訟の審理範囲を画するものとして保障されるが、それ以外(発明の要旨・各引用発明・各相違点に関する認定・判断など)は審決取消訴訟の審理範囲との関係では保障されないということです。
よって、無効審判の被請求人(特許権者)側としては、発明の要旨・各引用発明・各相違点に関する請求人や審判官の認定・判断が稚拙だと思ったら、無効審判の段階で、他の認定・判断(審決取消訴訟で行なわれるかもしれない認定・判断)を想定し、その想定した認定・判断にも耐えられるような訂正請求をしておくことが必要になるでしょう(審決取消訴訟の段階では訂正できないので)。

なお、審決と同じ結論になるためには「審判で出された複数の特定の公知技術の中でどれを主引用発明とするか」について審判と訴訟とで異ならざるを得ない(主引例の差し替え)場合は、審理範囲の問題かどうかはともかく(私は審理範囲の問題だと思いますが)、多くの裁判例で審決が取り消されています。

3.その他
・裁判所から「次回で弁論を終結します」などのアクションが出た段階で何も述べないままその後に無効抗弁を提出したときは、多くの場合、時機に後れたものと判断される。

・第一審で出さなかった無効理由を控訴審で新たな主張として出したときであって、第一審で出せたはずなのに出さなかったのは訴訟的な信義にもとるというときは、多くの場合、時機に後れたものと判断される。

・訂正の再抗弁が認められる3つの要件中の第1の要件は、「特許庁に対して適正な訂正審判請求又は訂正請求をしていること」ではなく、「特許庁において訂正審判請求又は訂正請求が認められる可能性があること」と捉えるべき。よって、平成23年改正により控訴審において(審決取消訴訟の提起後などで)訂正ができない場合は訂正の再抗弁は認められないのが基本だが、侵害訴訟の控訴審と同時期に係属した無効審決取消訴訟において審決が誤りだという見通しがついたときは、「特許庁において訂正が認められる可能性」が出てくるので、控訴審において訂正の再抗弁を認める可能性が出てくる。

・従来より訂正の再抗弁の要件の一つとされる「特許庁に対して適正な訂正審判請求又は訂正請求をしていること」は、要件事実ではない(第一審の手続において裁判所の訴訟指揮としてそれを行わせることは裁量の範囲内)。

・侵害訴訟と無効審判が並存している場合、現状では9割以上において審決が判決よりも先行して出されている。

・平成23年法改正による審決予告の導入により、(1)審決予告、(2)これに対して被請求人(特許権者)が訂正請求(134条の2第1項)を提出、(3)これに対して請求人が新たな公知例により無効審判請求書を補正(審判長の許可による。131条の2第2項)、(4)この請求書の補正に対して被請求人が答弁書(134条2項)及び訂正請求(134条の2第1項)を提出、(5)正式な審決、という流れになる。

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2012年09月12日

アップルvsサムスンの特許侵害訴訟 東京地裁平成24年8月31日判決を斜め読みしました

1.アップルがサムスン電子を訴えた損害賠償請求(スマホ等とPCの同期機能に関する特許第4204977号の侵害を理由とする損害の一部請求)を棄却した東京地裁平成23年(ワ)第27941号・平成24年8月31日判決を斜め読みしてみました。
ポイントは特許クレーム(問題になった請求項11を末尾に引用しておきます)の解釈と被告製品への当てはめで、クレーム解釈について原告側がしつこく食い下がるのを裁判所が丁寧にかわしていたという感じでした。議論は多岐に渡っていましたが、以下では、参考になると思われた3点について記しておきます。

2.クレーム中の「メディア情報」の解釈
本件特許の請求項11(以下、本件特許クレーム)は、「メディア情報」という特殊な用語を使用して、スマホ等の「メディア情報」とPCの「メディア情報」とを比較して両者が不一致の場合に両者が一致するようにシンクロ処理を行うと規定しています。
これに対して被告製品は、「ファイル情報」の一つである「ファイル名及びファイルサイズ」がスマホとPCで同一かどうかで音楽ファイルのシンクロを行なうかどうかを決めていました。
そこで、少なくとも被告製品がスマホ等とPC間において比較している「ファイル名及びファイルサイズ」が本件特許クレームの「メディア情報」に含まれるかどうか、が争点になりました。被告製品が使用している「ファイル名及びファイルサイズ」(ファイル情報の一種)が本件特許クレームの「メディア情報」に含まれるなら本件特許(方法発明)の間接侵害に該当、含まれないなら非侵害となります。
そして、この点について、裁判所は、次のように「メディア情報」を限定的に解釈し、被告製品における「ファイル名及びファイルサイズ」は本件特許クレームの「メディア情報」に含まれないから、被告製品は本件特許の間接侵害には該当しないと判断しました。

「ウ 本件発明における「メディア情報」の意義(中略)
これらの特許請求の範囲及び本件明細書等の記載からすると,本件発明における「メディア」ないし「メディアアイテム」とは,音楽,ビデオ,画像などのメディアプレーヤーで再生可能なコンテンツを意味し,「メディア情報」とは,そのようなメディアないしメディアアイテムの属性又は特徴をいい,そこに少なくともタイトル名,アーチスト名及び品質上の特徴を備えるものをいうと解することができる。(中略)
(イ) そうすると,本件発明における「メディア情報」とは,一般的なファイル情報の全てを包含するものではなく,音楽,映像,画像等のメディアアイテムに関する種々の情報のうち,メディアアイテムに特有の情報を意味するものと解するのが相当である。」

3.被告製品の機能についての事実認定
原告は、被告製品は「メディア情報」の一種である「総時間」(品質上の特徴の一つ)をスマホとPCとの間において比較してメディアアイテムのシンクロ処理をしているという事実を主張し、だから被告製品は本件特許の間接侵害に該当すると主張しました。
しかし、裁判所は、次のような事実認定を行なって、原告の上記事実主張を否定しました。

「(2) 「総時間」による比較について
原告は,被告各製品及びパーソナルコンピュータが,本件発明の「メディア情報」の一種である「品質上の特徴」に含まれる「総時間」を比較して,メディアアイテムのシンクロ処理をしているとして,被告方法は構成要件G1及びG2を充足すると主張する。
しかし,前記第2,2(5)イ記載のとおり,被告各製品は「Kies」というソフトをインストールしたパーソナルコンピュータとの間で,保存してある楽曲ファイルのシンクロを行うもの(被告方法)であるところ,証拠(乙1ないし6,8及び9)によれば,被告各製品は,「Kies」というソフトをインストールしたパーソナルコンピュータとの間で音楽ファイルのシンクロを行うに当たり,ファイル名とファイルサイズを用いて,それぞれの音楽ファイルの一致・不一致を判定しているものであって,タイトル名,アーチスト名及び総時間の比較を行っておらず,音楽ファイルのタイトル名,アーチスト名及び品質上の特徴である総時間の全てが異なっても,ファイル名及びファイルサイズが同一である限り,音楽ファイルのシンクロが行われないことが認められる。
この点に関して,甲10,11,19,26,30及び31に示されたテスト結果によれば,一見すると被告各製品が,パーソナルコンピュータとの間でシンクロを行う際,メディアアイテムのタイトル名,アーチスト名及び総時間を比較しているようにみえ,この点で,上記乙1ないし6,8及び9のテスト結果と矛盾する。しかし,上記各甲号証のテストで用いられたタイトル名,アーチスト名又は総時間が異なるメディアファイルについて,それぞれのファイルサイズが同一であることは何ら示されていない。そうである以上,上記各甲号証においては,ファイルサイズを比較することによって一致・不一致を判定している可能性も否定できないから,上記各甲号証を根拠として,被告各製品が,原告が主張するように,総時間を用いてメディアファイルの一致・不一致を判定していると認めることはできないというべきである。
よって,被告方法において,「総時間」の比較によってメディアアイテムのシンクロがされているとの原告の主張は採用することができない。」

4.明細書本文に「および/または」とありクレームに「および」とある場合の解釈
原告が明細書本文には「および/または」とあるからクレーム(「および」だけがある)も同じように解釈すべきだと主張したのを、次のように述べて退けました。まぁ当たり前なのですが。

「(イ) また,原告は,本件明細書等の段落【0020】及び【0021】には,シンクロを行うべきか否かを判断するためにメディアファイルについて記憶された全ての情報が比較される必要がないことが明記され,シンクロを行うべきか否かを判断する際に,メディアファイルに関する属性のいくつかが比較される実施態様について記載されているから,被告が主張するように「メディア情報」に最低限含まれるタイトル名,アーチスト名及び品質上の特徴の全てが比較されることは前提とされていないと主張する。
確かに,本件明細書等の段落【0020】には,「・・・プレーヤーメディア情報は,ホストコンピュータ上のメディアデータベースからの第1メディア情報と比較される。・・・例えばメディアアイテム(例えば曲を表すオーディオファイル)は,曲目,アルバム名,および/またはアーチスト名のような,そのメディアアイテムの特徴または属性に関するメディア情報を用いて比較されえる。」と記載され,「または」との文言が用いられており,また,段落【0021】には,「メディアプレーヤー上のメディアアイテムに関するメディア属性(例えばタイトル,アルバム,トラック,アーチストおよび作曲家)が,ホストコンピュータ上のメディアアイテムに関する同じメディア属性に全て一致するなら,異なるデバイス上に記憶された2つのメディアアイテムは,さらなる属性または特徴がこれらのメディアアイテムが互いに完全な複製でないと判定されえるとしても,同一であるとみなされえる。」と記載されており,特定のメディア属性が一致する場合に,他の属性又は特徴が一致せず,完全な複製でないと判定されるときでも,同一とみなされる(すなわち,シンクロされない)ことがあり得ることが示されている。
しかし,上記アのとおり,本件発明の特許請求の範囲の記載からは,構成要件G1及びG2におけるメディア情報の比較は,「メディア情報」に最低限含まれるタイトル名,アーチスト名及び品質上の特徴の全ての比較を要求していることが一義的に明らかであるから,原告が指摘するような本件明細書等の記載をもって,特許請求の範囲の文言を無視して,同文言を別異に解釈しなければならないものではない。」

5.終りに
本件ではクレーム中の「メディア情報」の解釈が最も大きな論点だったようですが、この点について控訴審で別の解釈がなされる可能性は余り高くないと感じました。
また、原告は、均等論、例えば被告製品における「ファイルサイズ」(ファイル情報の一つ)が同一かどうかによるシンクロ処理が、特許クレームにおける「総時間」(メディア情報の中の品質上の特徴の一つ)が一致するかどうかによるシンクロ処理と均等だという主張を、第一審では出さなかったようです(少なくとも判決には出ていません)。しかし、仮に主張しても、置換可能性と置換容易性は認められるとしても、相違する部分が特許発明の非本質的部分であるという要件(均等の第1要件)が認められない可能性が高いでしょう。

特許第4204977号の請求項11:
メディアプレーヤーのメディアコンテンツをホストコンピュータとシンクロする方法であって,前記メディアプレーヤーが前記ホストコンピュータに接続されたことを検出し,前記メディアプレーヤーはプレーヤーメディア情報を記憶しており,前記ホストコンピュータはホストメディア情報を記憶しており,前記プレーヤーメディア情報と前記ホストメディア情報とは,前記メディアプレーヤーにより再生可能なコンテンツの1つであるメディアアイテム毎に,メディアアイテムの属性として少なくともタイトル名,アーチスト名および品質上の特徴を備えており,該品質上の特徴には,ビットレート,サンプルレート,イコライゼーション設定,ボリューム設定,および総時間のうちの少なくとも1つが含まれており,前記プレーヤーメディア情報と前記ホストメディア情報とを比較して両者の一致・不一致を判定し,両者が不一致の場合に,両者が一致するように,前記メディアコンテンツのシンクロを行なう方法。(アンダーラインは筆者)

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2010年08月30日

包袋禁反言はクレーム解釈(技術的範囲の確定)で使うもので発明の要旨認定では使えない

判例タイムズ1324(2010/8/1)の特集「裁判所と日弁連知的財産センターとの意見交換会」を遅ればせながらですが読みました。
一番印象に残ったのは、同じ一つの特許侵害訴訟の中における侵害論と無効論とで、それぞれ特許発明のクレーム解釈(技術的範囲の解釈)と要旨認定が問題になるのですが、それらはいずれも原告・被告の主張に拘束されない裁判所の専権事項だということ(契約の文言解釈と同じ)を前提として、請求原因におけるクレーム解釈と、無効の抗弁における発明の要旨認定とは、実際上は一致する場合が多いだろうが、理論的にはダブルスタンダードになっても良い、という裁判官側の見解です。
具体的な被告製品があって、それが特許発明の技術的範囲に属するかどうかを判断する場合、すなわち原告が主張する請求原因事実の有無を判断する場合(侵害論)におけるクレーム解釈では、特許法70条2項の下で、明細書の記載や出願経過(包袋禁反言)などに基づいてクレームを狭く限定的に解釈することは在り得る。
これに対して、被告が主張する無効の抗弁を判断する場合(無効論)における発明の要旨認定では、具体的な被告製品とは離れて、その抽象的なクレームが無効理由を含むかどうかを判断するのだから、リパーゼ判決の下で(明細書本文を参酌して文言の解釈をすべき「特段の事情」がある場合が実際上は多いとしても)、クレームの文言どおり発明の要旨を広く捉えるのが原則となる。もし原告が無効理由を回避するためにクレームを狭くしたいなら、訂正審判または訂正請求をすればよい。
大体、以上のような見解でした(少しはしょり過ぎかもしれませんが)。
また、これと関連して、包袋禁反言は、「請求原因レベル(侵害論)でのクレーム解釈(技術的範囲の確定の場面)で請求棄却にするためのテクニック」だから、無効の抗弁を判断する場合における発明の要旨認定では使えない、という見解も示されました。
発明の要旨認定は、侵害訴訟での無効の抗弁だけでなく審決取消訴訟などでも出てくるのですが、何故、発明の要旨認定においては包袋禁反言が使えないのか?
それは、おそらく、発明の要旨認定は、裁判官の専権事項なのだから、出願経過で述べられた出願人の意見などに拘束されるべきではないという理由なのでしょう。
包袋禁反言は、請求原因レベルでクレームを狭く限定するように作用します。この包袋禁反言を発明の要旨認定では使えないということは、その結果として、発明の要旨認定でのクレーム文言の解釈は請求原因レベルでの解釈に比べてより広くなり得る、つまり上記のようなダブルスタンダードになり得る、ということです。
ところで、クレーム解釈は裁判官の専権事項であるにも拘わらず、請求原因レベル(侵害論)でのクレーム解釈で包袋禁反言を使うことが何故問題ないのか? 私見ですが、おそらく、裁判官が「自らの専権事項としてのクレーム解釈」をした結果、被告製品がクレームに含まれることになった場合に初めて包袋禁反言を使うかどうかの検討が行われるのであり、その場合において原告が出願経過の中で狭い解釈を意見書などで主張していたときは、請求原因レベルにおける原告・被告間の公平や信義則などから、上記「裁判官の専権事項としてのクレーム解釈」の枠外で、包袋禁反言がクレームをより狭く限定して被告製品を技術的範囲から外すためのテクニックとして使用され得る、ということかなと思います。
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2010年06月16日

最近の特許侵害訴訟の動向とダブルトラックの議論

特許庁ホームページの産業構造審議会知的財産政策部会特許制度小委員会 第28回(平成22年 6月 11日) 配布資料「特許の有効性判断についての「ダブルトラック」の在り方について」に、近年の侵害訴訟の動向がまとめられていましたので、以下に少しコメントを付加しつつ引用しておきます。なお「ダブルトラック」とは、特許の有効性に関する判断が「無効審判ルート(無効審判、審決取消訴訟及び上告審)」と「侵害訴訟ルート(侵害訴訟、控訴審及び上告審)」の二つのルートで行われ得るという状況のことです。
http://www.jpo.go.jp/shiryou/toushin/shingikai/tokkyo_shiryou028.htm
1.侵害事件の地裁判決動向(特許・実用新案)
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・ 侵害訴訟件数は、近年やや減少傾向にある。

・ 侵害訴訟で和解により終局するものが半数前後を占めている。

・ 侵害訴訟のうち和解等により終了せずに地裁判決に至ったものをみると、地裁判決のうち、特許権者が敗訴した割合は約8割程度である。

2.特許権者敗訴の原因(特許・実用新案)

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・ 特許権者敗訴(一部敗訴を含む)のうち、「権利非侵害」のみを理由とするものは約60%(侵害訴訟事件全体の約24%)、特許無効を理由として含むものは約40%(侵害訴訟事件全体の約16%)である。

 より詳しくは、特許権者敗訴(一部敗訴を含む)のうち、(1)「権利非侵害」のみを理由とするものは約61%(侵害訴訟事件全体の約24%)、(2)特許無効のみを理由とするものは約26%、(3)特許無効と権利非侵害の双方を理由とするものは約13%、ということです。つまり、権利非侵害の理由を含むかどうかは別として、とにかく特許無効を理由として含むもの(上記(2)と(3)を合わせたもの)は、特許権者敗訴(一部敗訴を含む)の中の約40%(侵害訴訟事件全体の約16%)ということです。

3.「無効抗弁」と無効審判の利用状況(特許・実用新案)

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・特許法第104条の3が施行された2005年以降、特許権・実用新案権の侵害訴訟において、地裁で判決が出された事件のうち、約70〜85%の事件で無効抗弁が主張されている。
・地裁で判決が出された事件のうち、「無効抗弁の主張がされ且つ無効審判が同時係属している事件」の割合は、2005年以降地裁で判決があった事件の約40〜60%である。
4.無効審判請求に占める侵害訴訟関連の無効審判請求(特許・実用新案)
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・ 全ての無効審判請求に占める侵害訴訟関連の無効審判請求の割合は、約30%程度である(侵害訴訟を伴っていない無効審判請求が約70%と多いのは少し意外です)。
5.特許侵害訴訟事件(東京地裁)及び侵害訴訟と同時係属する無効審判の平均審理期間(特許・実用新案)
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・ 知的財産権(特許権・実用新案権)関係民事通常訴訟事件(東京地裁)の第一審判決までの平均審理期間7及び侵害訴訟と同時係属する無効審判の一次審決までの平均審理期間はともに概ね短縮傾向にあり、2008年の知的財産権(特許権・実用新案権)関係民事通常訴訟事件の第一審判決までの平均審理期間は12.5月、2009年の侵害訴訟と同時係属する無効審判の一次審決までの平均審理期間は8.8月である。

6.訂正審判の請求件数及び平均審理期間(特許・実用新案)

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・ 訂正審判の一次審決までの平均審理期間は短縮傾向にあり、2009年の平均審理期間は、約2.1月である。
7.侵害訴訟と同時係属する無効審判の審決の時期(特許・実用新案)
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・ 侵害訴訟と同時係属する無効審判の一次審決と侵害訴訟の第一審判決の時期を比較すると、約60%〜90%の割合で審決が先に出されている。
 私見としては、第一審判決と無効審判の審決とがほぼ同時期に出るというのがベストでは。そうすれば、地裁の手続が無効審判の審決に影響されて長引くことがなくなるし、第一審判決の控訴審は知財高裁が多い(一部は大阪高裁)ので、これと審決取消訴訟を知財高裁で同時並行で審理できます(審理の併合はできないでしょうが、知財高裁の同一部に係属するので事実上、同時並行的に手続を進行でき、それぞれの訴訟について同時期に同じ見解に立った統一的な判決を出せる)。ただ、こう考えると、ますますダブルトラックを維持することが如何に時間と費用の無駄か(ダブルトラックでは、最初に特許庁の審決(特許庁の意見表明)が入るとしても、その後は結局、同じことを侵害訴訟と審決取消訴訟との2つの訴訟で並行してやってるだけ)が明白となりますね。 ※一部追加しました(タイトルも)。
(ダブルトラックの議論に関する私のコメント)
この産業構造審議会知的財産政策部会特許制度小委員会にはいろんな利益団体の代表が参加しているんでしょうね。弁理士の職業団体の主張には、自分たちの仕事である無効審判請求の件数を減らしたくないという商売上の本音が影響している可能性もあり得ると思います。それは弁護士団体も同じでしょう。あくまで弁護士の商売上の観点からだけ考えた場合ですが、特許侵害訴訟に一本化されるよりも、今のダブルトラックのように無効審判もあって、その審決取消訴訟をも含めた多方面に戦線が拡大して行ってくれる方が商売上はうまみがあると思います。特許庁にも自分たちの無効審判の権限を縮小されたくないという本音はあるでしょうね。裁判所としても、無効審判請求を制限して審決取消訴訟の件数が少なくなると人余りになって困るというのはあるかもしれません。
要するに、弁理士も弁護士も特許庁も裁判所も、少なくとも短期的に見れば、今のダブルトラックを少し修正して維持した方が都合がいいんでしょう。しかし、長期的に見ると、ダブルトラックなどの問題を根本的に改革して侵害訴訟を活性化した方が将来的に訴訟が増えて儲かる?ということも考えるべきでしょう。
まぁ最も尊重すべきはユーザー(国民)の利益のはずなので、思い切って民主党政権の事業仕分けに任せた方がいいかもしれませんね(笑)。
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2009年11月18日

特許法104条の3による「無効の抗弁」と特許侵害訴訟



平成12年のいわゆるキルビー判決(最三判平成12年4月11日)が「特許に無効理由が存在することが明らか」なときはその特許権に基づく差止め・損害賠償請求は権利の濫用に当たり許されない旨を判示したことを受けて、平成16年の特許法改正で、「(その特許が)無効審判により無効にされるべきものと認められるときは・・・権利を行使することができない」とする104条の3が制定された。


この法改正により生じた現象について、経済産業省・産業組織課長の奈須野太氏は、日経BP「特許の安定性が崩れている」という記事の中で、次のように述べている。


[引用開始]


その結果,侵害訴訟では被告から特許法104条の3に基づく「無効の抗弁」が必ず出るようになった。侵害訴訟のはずなのに特許の有効性がいつも中心争点となり,権利無効の判断が増えている(図1)。「無効の抗弁」が出された判決の割合は,平成12年には22%であったものが平成19年には80%に増えた。権利無効の判断がされて権利者が敗訴した判決の割合は,平成12年には11%であったものが平成19年には63%に増えた。


図1:無効抗弁と無効判断の増加


f:id:mkuji:20091118154635j:image


f:id:mkuji:20091118161633j:image


出典:高倉成男「イノベーションの観点から最近の特許権侵害訴訟の動向について考える」


[引用終わり]


奈須野太氏は、特許法104条の3に基づく「無効の抗弁」により、原告である特許権者がその特許が無効であるという理由により敗訴するケースが激増したこと、つまり、特許権の権利としての安定性が失われたことを批判的に紹介している。これは、僕も賛成だ。


また、奈須野太氏は、これに続けて、次のように述べている。


[引用開始]


行政庁による政策的判断が尊重されるべき


 いかなるものに,いつの時点で,どのように特許を認めるかは,すぐれて政策的判断である。この点は行政側として強く言いたい。


 たとえば,ビジネスモデルや医療行為,治療方法については,理論的には特許できるけれども,政策的判断として特許していない。また,IPS細胞など国際競争が激しい分野については,戦略として早期に権利化するという判断も当然にあり,「審査が遅い」として国会で与野党から強く要求されているところ。


 どのようなものに,いつの時点で,どのように特許を与えるかは,政策的判断がまず先立つべきである。そうした政策的判断に基づいて特許庁は権利を付与しているのであり,裁判所が簡単に無効にしてしまうというのは,三権分立の観点からも疑問を感じる。民主的基盤を持つ行政府の第一義的判断を経ずに,何でも裁判所がやってしまうとなるとどちらが特許庁なのかということになりかねない。


[引用終わり]


しかし、この部分は疑問を感じる。


政策的判断が大事といっても、「超法規的な特許付与」はありえないので、あくまで「特許法の解釈とその適用に基づく特許付与」のはずだ。また、「民主的基盤を持つ行政府の第一義的判断」という言葉は、違和感というか危険を感じる。僕の理解では、行政府には「民主的基盤」はないと思う。裁判所にもない(最近の裁判員制度により少しし出てきた?)。あるのは、選挙を経ている立法府だけだ。


だから、その立法府が制定した法律に、行政府も裁判所も拘束される(但し、裁判所は、憲法に違反する法律には拘束されない)。


特許を付与するためには特許法を解釈し適用する必要があるが、その解釈と適用については、行政府よりも裁判所が優先するのは憲法上当然のことだ。


この部分は官僚としての発想が少し逆立ちしているような気がした。


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