2013年08月12日

違法ハウス(脱法ハウス)を目的とする実用新案登録

脱法ハウス:実用新案登録では「居住空間」 矛盾する業者 毎日jp 2013年08月06日

「◇自治体には「居室ではなくベッド」と主張
東京都文京区音羽の分譲マンションの一室が管理組合に無断で「脱法ハウス」に改築された問題で、主導した港区赤坂のシェアハウス運営業者の社長が、寝台を上下に並べ床面積を節約する技術を実用新案登録していたことが分かった。業者は自治体などに「居室ではなくベッドの一種」と主張しているが、実用新案の書面では「基本は就寝空間として利用されるが、小規模ながら居住空間としても機能する」と記し、事実上の居室利用をほのめかす内容となっていた。(中略)
これらの構造が、社長の名前で今年2月13日に実用新案登録された。特許庁に提出した説明文は、「複数人分(の個室)を少ない面積で構成できるため、共有空間を狭めない」とメリットを強調。各個室に関し「リビング(機能)の一部を含む」と明記。「ローボード(低い棚)やテレビも装備される」と説明している。
建築基準法施行令は居室の天井高を最低2.1メートルと規定。都建築安全条例は共同住宅の居室の最低面積を7平方メートル(約4.3畳)とし、火災時に窓から避難できるよう窓下の敷地に空きスペースを設けるよう義務付ける。こうした規定は寄宿舎の寝室にも適用されるが、業者は、一つの住居内に複数設置されたベッドなどと主張することで区の指導などをかわしてきた。(中略)
実用新案は、特許と違って登録前に内容の審査がなく、権利行使に必要な「技術評価書」の発行時に特許庁が審査する。同庁は、個々の評価内容は公表しておらず、広報室は「登録は書式が整っていれば認めるが、適法との『お墨付き』ではない。技術を行使した結果(の違法性)は原則審査対象ではない」と説明する。」

数日前の記事ですが、いくつかの問題について書いてみたいと思います。

1.公序良俗違反
違法ハウスについては少し前に
クローズアップ現代でもやっていて、興味深く見ました。
上の記事からは、違法ハウス(脱法ハウス)を目的とする考案だったのに、実用新案出願は無審査だから登録になったのではないかというニュアンスも窺えますが、仮に無審査ではない特許出願で行った場合でも登録になったと思います。
つまり、特許法32条と実用新案法4条は、共に公序良俗違反の発明・考案は登録できないと定めており、特許法の教科書では例えば偽札を製造するための発明などは登録できないと書いています。
しかし、本件のように、単に建築基準法やその施行令に違反するという程度で登録が拒絶されることはまずないというのが実務の感覚です。
なぜなら、建築基準法やその施行令はその時代に合わせて逐次改正されるものですし、地域別の特例などもあります。
また特許は最長20年の保護期間が認められるので、現状では形式的に違法でも20年後の将来は適法とされて実用化できる可能性もあるからです。
そして、もともと特許庁の審査というのは、机上での定型的な判断を行なう場であり、出願人が実際に発明をどのような事業に利用しようとしているのか、その事業は適法なものかなどの背景事情は関知しません。
だから、本件が仮に特許として出願されても、他の進歩性などの要件がOKなら、おそらく特許されたと思います。

2.クリーンハンズの原則
では、特許・登録された後に、特許権者や実用新案権者が、その特許や実用新案権を使って、実際に特許侵害に基づく差止め請求や損害賠償請求をしたらどうなるでしょうか?
その特許権者が違法ハウス(脱法ハウス)の事業者で、その事業者が競合する他の違法ハウスの事業者を訴えた場合ならば、裁判所としては、クリーンハンズの原則(自ら不法に関与した者には裁判所の救済を与えないという原則)からも、請求を棄却するのが妥当ということになると思います。理論的には、例えば、この段階で、本件特許発明は違法ハウス事業を行なうために取得されたものだと事実認定して(裁判では特許庁での審査と異なって背景事情も考慮されます)、本件特許は違法な事業を目的とするもので公序良俗に反しているから無効(特許法104条の3)として請求棄却判決を出す可能性はあると思います。
他方、その特許権者が違法ハウス事業を行なっていない(行なう予定もない)個人や企業である場合は、その違法ハウスに関する特許に基づいて、実際に違法ハウスをやっている業者に対して差止め請求や損害賠償請求をしたら、ほぼ問題なく請求認容判決が出るだろうと思います。

posted by mkuji at 01:58| Comment(1) | TrackBack(0) | 特許制度

2013年08月04日

グローバル特許戦争

日経エレクトロニクス2013/8/5号に「標準必須特許がカギを握るグローバル特許戦争」という記事(ニ又俊文・東京大学政策ビジョン研究ンター客員研究員)が載っており、各国の特許侵害訴訟の状況などいろいろ興味深かったので、自分の感想も入れながらですが以下にメモしておきたいと思います。

1.現在(2011年)の年間の特許侵害訴訟の件数は、米国で4000件超、中国で8000件超、ドイツでも1000件超ですが、日本ではここ数年、毎年100数十件で米国の30分の1以下。
このような日本での「ぬるま湯」に浸かっている状況では、とても世界の激しい特許紛争が実感できず、紛争に対処できる人材も育たないという問題が指摘されています。なお韓国でも日本と同様に特許侵害訴訟は極めて少ないようです。

※追記:上記の記事には「日本における特許訴訟は年間わずか100数十件」という記載があるのですが、これは、おそらく「特許侵害訴訟の提訴件数か判決数かのどちらか」でしょう。つまり、当然に、商標権侵害、意匠権侵害、著作権侵害、不正競争防止法違反の事件は含んでいないし、「特許訴訟」の中でも侵害訴訟(民事訴訟)だけで審決(拒絶査定不服審判・無効審判・訂正審判の審決)取消訴訟(行政訴訟)は含んでいません。さらに、上記の「年間わずか100数十件」が、特許侵害訴訟の「提訴件数」か「判決数」(和解などで訴訟が終了したものはカウントしない)かは、はっきりしません(上記の米国の4000件は「提訴件数」の可能性が高いと思います)。

2.現在の特許侵害訴訟は、事業会社同士の紛争と、NPE(non practicing entity 特許不実施主体)が事業会社を訴える紛争との2つのタイプがあり、米国では後者が62%。
ただ、最近は、後者の紛争の中に、その実体が事業会社同士の争いであるもの、すなわち事業会社がNPEに権利活用を委託するケースが増えているということです。
なお、NPEという表現では大学や国の研究機関などが含まれるため、最近はこれらを除いたPAE(patent asserting entity)という表現(パテントトロールを指す表現)の使用が増えているようです。

3.標準必須特許(standard essential patents SEP)は、特許の請求範囲の請求項文言が標準規格の記載と合致すれば直ちに侵害性が立証できること、標準規格は10年単位の長期で動くことから、いったん標準規格に採用されれば企業にとって長期的な収益と優位性を確保できるというメリットがあり、中国や韓国なども2005年頃からSEP取得を国策として動いているということです。

posted by mkuji at 16:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 知財戦略