2012年08月26日

均等の第1要件(相違部分が本質的部分でないこと)の3つの説

「パテント」2012年8月号の「特許紛争のより適切な解決の模索」というシンポジウム(東京弁護士会主催)の記事を読んで最も興味を持ったのは,均等の第1要件(非本質的部分の置換であること)について,次の3つの説が紹介されていた点です。

A 西田説
クレームの構成のうちの特徴的な構成を本質的部分とする説。

クレームの記載を分説してなる複数の構成要件を,それぞれ本質的部分と非本質的部分とに分けて判断するという説です。
クレームの記載に即した複数の構成要件の中の本質的部分だとされた部分を置換していれば均等侵害不成立となるので,判断過程は客観的・明確ですが,パイオニア発明なのにクレームが具体的に記載され過ぎているような場合については広い保護を与えることが難しい(クレームの記載が悪かったから仕方がないと言えばそれまでですが)というのが欠点とされています。

B 三村説・解決原理説
クレームと明細書全体を理解して探求される技術的思想あるいは解決原理を考えて,それがある構成の置換後も維持されているならば非本質的部分の置換であり,そうでなければ本質的部分の置換であるという説。

ボールスプライン事件最高裁判決の調査官を担当した三村量一弁護士による説で,被告製品が特許発明の技術的思想=解決原理の同一性の範囲内にあるならば均等侵害を認めるというものです。
現在の裁判官の間では,この解決原理説が多数説のようです。

解決原理の抽象化のレベルについては,発明がどれだけ独創的な(パイオニア的な)発明であるかにより,抽象度をどこまで上げられるかが決まるとされています。
「技術的思想=解決原理」で捉えるため,パイオニア発明であれば保護の範囲を広く,利用発明・応用発明については保護の範囲を狭くでき,具体的妥当性が得られ易いと言われています。欠点としてはクレームや明細書の記載から離れてしまう場合があるので,クレームや明細書の記載を信頼した第三者の予測可能性を害してしまう恐れがあることです。

C 飯村説
知財高裁所長の飯村判事による説で,上記Bの解決原理説を改良しようとするものです。

均等侵害については,常に,第2要件,第3要件,第1要件の順に判断する,そして,第2要件(置換可能性)と第3要件(置換容易性)の判断対象,特に第2要件の判断対象を,「異なる部分を置換しても課題・効果が同一かどうか」ではなく「異なる部分を置換しても解決原理が同一かどうか」まで広範囲化(抽象化)し,これにより,第2要件と第3要件の段階で均等侵害を否定できる範囲を広くし,その結果として第1要件の出番を少なくさせようとする説です。

「第1要件の出番を少なくさせよう」とする理由は,国際比較において均等論を肯定する国の中で第1要件を問題にしているのはほぼ日本だけであること,第1要件は客観的判断が難しいことなどがあります。
なお,「第2要件と第3要件で使用する解決原理」は従来技術を考慮しないで明細書や出願経過から認定するものであるのに対して,「第1要件で使用する解決原理」は従来技術との比較から認定する点で,両者は明確に異なるとされています。

以下,私見ですが,飯村説が解決原理説を改良しようとしている点は妥当だと感じました。
例えば,「本体の断面を多角形状にして転がりを防止できるようにしたエンピツ」の特許発明に対して,「本体の断面は丸型だが表面の一部に突起を設けて転がりを防止できるようにしたエンピツ」という被告製品がある場合,解決原理説(三村説)のように第2要件を「異なる部分を置換しても目的と効果が同一かどうか」だけで捉えるときは,「本体の断面を多角形状とする構成」を「本体の表面に突起を設ける構成」に置換しても「転がり防止という目的と効果は同一」なので第2要件をパスし,第3要件もパスすれば第1要件の判断が必要になってしまいます。

これに対して,飯村説では,「本体の断面を多角形状とする構成」を「本体の表面に突起を設ける構成」に置換すると,「断面を多角形状とすることにより本体表面に形成される角部分で転がりを防止するという解決原理」が同一でなくなるので第2要件をパスできず,この第2要件の段階で均等が否定でき,第1要件の出番を無くすことができます。

なお,もし判決でこの飯村説を採用すると判例違反の問題が生じるのではないかという気がしたので,ボールスプライン事件最高裁判決の該当部分をもう一度読んでみました。すると,同判決は,第2要件について「右部分(異なる部分)を対象製品等におけるものと置き換えても,特許発明の目的を達することができ,同一の作用効果を奏するものであって」と述べています。この「同一の作用効果を奏するものであって」の中の「作用」は「解決原理」とほぼ同じと思われますので,私は,「異なる部分を置換しても『作用=解決原理』が同一かどうか」で第2要件を判断することは判例違反にはならないだろうと思います。

posted by mkuji at 16:57| Comment(2) | TrackBack(0) | 均等侵害

2012年08月19日

知財訴訟大国・中国

パテント2012年8月号の「特許紛争のより適正な解決の模索」というシンポジウム(東京弁護士会主催)の記事中に侵害訴訟の統計的なものが紹介されていましたので、メモしておきたいと思います(以下では上記の記事からではない情報も含めています)。

日本における特許侵害訴訟(審決取消訴訟は除く)は年間150件程度と少ないのに対して、訴訟大国と言われる米国の特許侵害訴訟は年間約3千件です。

しかし、今の中国を米国と比較すると、商標や著作権を含めての訴訟件数は中国が米国の3倍ということです。そして、技術に関する特許の侵害訴訟(実用新案権の侵害訴訟も含めていると思われます)だけを見ても、中国では米国の1.5倍くらいの訴訟が起きており、大変な訴訟大国になっているということです。中国では、実体審査なし(無審査)で成立する実用新案権の侵害訴訟も増えているそうです。

中国の実用新案権は、無審査とはいえ、進歩性の基準が低いため、訴訟になったとき無効にできないものがかなり在ると言われています。

中国は、特許出願件数でも、2010年には日本を、2011年には米国を抜いて、世界1位になっていますね。

世界の国別特許文献の割合として、昔(日本の特許出願件数が世界で1位だった頃)は世界の特許文献の65%が日本語文献だったが、現在、日本の特許文献の比率は24%まで落ちていて、中国や韓国の文献の比率が急激に伸びているそうです。
posted by mkuji at 11:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 中国

2012年08月08日

「良い特許」と「短いクレーム」(霜降り肉にする方法の発明)

一般にクレームは短いほど良いというのは確かだと思います。ただ、分野によっては特に弁理士が努力しなくても必然的に短くなるクレームはあります。例えば用途発明の分野では、物質名○○と効能△△を示す「○○を含有する△△剤」とか「○○を投与することにより△△する方法」という形にすれば特許できるので、必然的に短くなります。

   「牛の肉質の改善方法(霜降り肉にする方法)」の発明に関する特許第3433212号もこのパターンで、その請求項1は次のとおりです。

   「牛にビタミンCを投与することにより肉の脂肪交雑等級を改善する方法。

   牛にビタミンCを投与して霜降り肉にする(牛の肉の脂肪交雑(霜降り)の等級を上げる)という発明で、極めて短くて単純な内容ですが、これだけで特許されています。

   この特許のポイントは2つあって、(i)「牛にビタミンCを投与する」と(ii)「肉の脂肪交雑等級を改善する」との2つです。特許侵害だと認定するためには、(i)だけではダメで、(ii)も必要です。

   だから、「お前は、霜降り肉にするためのビタミンCを牛に投与している(あるいは、霜降り肉にするための牛用のビタミン剤を販売している)ようだが、それは特許侵害だから中止しろ。」と警告しても、その相手方から「いや、オレは、牛のストレスを解消して健康を維持させるためにビタミンCを投与しているのであって、牛の霜降りの等級を上げるためにビタミンCを投与しているのではない(あるいは、牛のストレス解消用のビタミン剤を販売しているだけだ)。」と反論されると、お手上げになる可能性があります。牛に与える「飼料」には薬事法が適用されないというのがポイントです(後述)。

   つまり、上記の(ii)の効用は発明の目的・作用効果に直結するものなのですが、特許侵害行為としてこの(ii)を立証できるかどうかが訴訟の勝敗の分かれ目になります。その意味では、上記の特許クレームは、確かにすごく「短い」けれども、すごく「良い特許」かというと、そうでもないとなるのかもしれません。

   つまり、「良い特許」とは、「広い特許」で且つ「強い特許」である必要があるのですが、この特許クレームは極めて短いだけに「広い特許」にはなっているけれども「強い特許」とは言えないのではないか、ということです。

   一般的に、用途発明では、短いクレームでもこのような限界は付きものと思います。例えば「ミノキシジルを有効成分とする育毛剤」という特許を取っていたとしても、「同じミノキシジルを有効成分とする血圧降下剤」には効力が及ばないからです。つまり、薬剤の分野において、用途発明が、事実上、強い効力を持っているように見えるのは、純粋な特許権の力によるのではなく、薬事法の力によるところが大きいのではないかと思います(成分から薬剤を製造して販売するときは必ず薬効とセットにして売り出すしかなく、また薬剤によっては医師の処方箋などが必要とされているため)。
 
posted by mkuji at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 基本特許

2012年08月05日

技術常識を参酌しての文言の限定解釈に基づいて実施可能要件を肯定した事例(平成22年(行ケ)10306号)

知財高裁平成23年7月27日判決・平成22年(行ケ)10306号(置棚)は、ちょうど一年前のものですが、実施可能要件と文言解釈(クレーム解釈)について面白い判断をしていると思いましたのでメモ的に記しておきます。実施可能要件を判断する前提問題として、クレームの文言(「外管に内管を伸縮可能に挿通してなる」)を技術常識を参酌して限定解釈した事例です。

第1 判決の引用
「第4 当裁判所の判断

1 特許法36条4項違反についての判断の誤り(取消事由1)について
 原告は,特許明細書は特許法36条4項に違反するものであり,同規定の要件を満たしていると判断した本件審決には誤りがあると主張する。しかし,以下のとおり,原告の主張は失当である。
(1) 事実認定
(中略)
(2) 判断 
 本件発明1において,左右の支脚間に前後に架橋した棚受用横桟は,外管と内管から構成されている。このような構成を採用した趣旨は,横桟の全長を適宜調整できるようにするため,外管に内管を挿通して,外管を伸縮可能とするためであると解される。したがって,外管と内管について,このような構成を採用した趣旨に照らすならば,1本の管と同様の強度が得られるようにするため,外管と内管が接触するように挿通させるということは,当業者の技術常識から当然のことといえる。
 
 また,上記のとおり,特許明細書の【発明の実施の形態】には,内管の外管に対する挿通長さが長くなる分,横桟全体を強固とすることが可能であるから,内管はより長めのものを採用することが好ましいと記載されている。これは,内管が外管に挿入されて重なっている部分においては,内管と外管が接触していることにより強度が増すという趣旨であると理解するのが合理的である。
 
 さらに,本件発明1においては,固定棚の先端の円形孔からなる支持部に外管をその伸縮に応じて摺動自在に挿通すると共に,着脱自在な取替棚を前後の外管上に掛止する構成を採用する。そして,本件発明1は置棚に係る発明であり,固定棚及び取替棚の上には物を載置することが想定され,固定棚及び取替棚の上に物が載置された場合には,固定棚の支持部に挿通し,取替棚が掛止している外管に対し,上方から力がかかり,より強度に内管と接触することとなる。
 以上によると,内管が外管に挿入されて重なっている領域では,外管と内管は力を伝えるように接触しているということができる。そして,本件発明1では,外管と内管が接触するように挿入され,固定棚の支持部に外管が摺動自在に挿通していることから,固定棚を水平に維持することが可能となる。

(3) 原告の主張に対して
ア 原告は,特許明細書の請求項1には,外管と内管の関係について「外管に内管を伸縮可能に挿通し」と記載されているのに対し,固定棚の先端の支持部と外管の関係については「支持部に対して上記外管をその伸縮に応じて摺動自在に挿通し」と記載され,「摺動自在に」の語句の有無を使い分けていることから,外管と内管は接触しない状態で挿通すると解すべきであると主張する。
 しかし,以下のとおり,原告の上記主張は採用できない。
 確かに,特許明細書の請求項1には,固定棚の先端の支持部と外管の関係について「支持部に対して上記外管をその伸縮に応じて摺動自在に挿通し」と記載されているのに対し,外管と内管の関係については「外管に内管を伸縮可能に挿通し」と記載されており,「摺動自在に」とは記載されていない。しかし,外管と内管の関係については単に「挿通し」と記載されているだけであって,特許明細書及び図面に,「挿通」に関して接触しない状態で挿通するものに限るとの制限を加えるような記載はない。また,摺動自在に挿入する場合であっても,外管と内管との間に一定の隙間は必要であるところ,原告主張のように外管と内管が接触しないようにするためには,この隙間を大きくする必要があるが,特許明細書及び図面に,外管と内管との間の隙間について条件を加えるような記載はない。そうすると,外管と内管の関係について「摺動自在に」の語句がないことに格別の技術的意味はないというべきである。
(中略)

4) 以上のとおり,特許明細書の発明の詳細な説明には,本件発明1ないし3に共通する固定棚を水平に支持するとの構造につき,当業者が実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されているといえ,特許法36条4項の要件を満たすものであり,原告主張の取消事由1は理由がない。」

第2 私のコメント
1.原告(敗訴した方)は,特許明細書の請求項1の「(上記棚受用横桟は)外管に内管を伸縮可能に挿通してなる」との文言は「外管に内管を接触しないように伸縮可能に挿通してなる」という意味であるとした上で,上記棚受用横桟が「外管に内管を接触しないように伸縮可能に挿通してなる」ものであるときは外管と内管とが荷重を支えあう関係にないため「固定棚を水平に維持すること」が実施できないので実施可能要件がないと主張しました。

2.これに対して,本判決は,本件発明が棚受用横桟を外管と内管とから構成した趣旨は,外管を伸縮可能として横桟の全長を適宜調整できるようにするためであるところ,そのような趣旨に照らすならば,1本の管と同様の強度が得られるようにするため,外管と内管が接触するように挿通させるということは,当業者の技術常識から当然のことであると認定しました。
 そして,このような技術常識の認定から,特許明細書の請求項1の「(上記棚受用横桟は)外管に内管を伸縮可能に挿通してなる」との文言は「外管に内管を接触するように伸縮可能に挿通してなる」という意味であると解し,その上で,本願発明では,上記棚受用横桟が「外管に内管を接触するように伸縮可能に挿通してなる」ことから,外管と内管とが荷重を支えあう関係にあり,「固定棚を水平に維持すること」が実施できるから,実施可能要件を満たすと判断しました。
 このように,本判決は,明細書本文の記載と技術常識を参酌してクレーム文言を解釈し,このクレーム解釈に基づいて実施可能要件を肯定しました。
 つまり,実施可能要件についてクレーム解釈が決め手になった事例といえます。

3.なお、この判決では、実施可能要件を判断する前提問題として、実施例の文言の解釈ではなく、クレームの文言(「外管に内管を伸縮可能に挿通してなる」)の解釈を行なっています。これは、おそらく、原告の主張が「クレームが実施可能でない部分を一部に含むから実施可能要件がない」というものだと捉えた上で、クレーム文言を限定解釈することにより「クレームの全体が実施可能だ」としたものなのでしょう。
posted by mkuji at 23:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 実施可能要件