2012年04月22日

著作権と商標権はどちらが強いのか(中国企業の「クレヨンしんちゃん」商標権に日本企業が著作権で勝訴)

 “しんちゃん”著作権 中国で勝訴 4月17日 NHK NEWSweb

   漫画やアニメで人気の「クレヨンしんちゃん」の主人公のイラストなどが、中国で勝手に商標登録され商品が販売されていたことについて、中国の裁判所は、日本の出版社に対する著作権侵害だと認定し、企業にイラストなどの使用をやめるよう命じる判決を言い渡しました。(中略)

   漫画を発行している出版社の双葉社によりますと、主人公の「野原しんのすけ」のイラストやタイトルの文字が中国国内で勝手に商標登録されて商品に使われていたことが分かり、双葉社はイラストを印刷した靴などを販売していた中国の企業に対し、2004年に著作権侵害の訴えを起こしていました。(中略)

   1審の上海市第一中級人民法院は、先月下旬、中国企業による著作権の侵害だと認定し、イラストなどの使用停止と日本円でおよそ300万円の損害賠償を双葉社に支払うよう命じました。
   裁判所は、イラストなどの商標登録も無効と判断していて、双葉社は「主張が認められるまで8年かかったが、『クレヨンしんちゃん』の独創的なイラストが、現地の法律でも保護されるべきだと判断されたことは大変有意義だ」とコメントしています。 
 
(追記: 上の記事は、中国企業が「クレヨンしんちゃん」のイラストの商標権を勝手に取得し且つ使用していたところ、それを日本の双葉社が著作権の侵害だとして訴えた事案で、中国の裁判所は、たとえ商標権を保有していても著作権の侵害でありその商標登録も無効だと判断したというものです。つまり、同じイラストについて中国国内で商標権と著作権が別々の会社に帰属し、それぞれが商標権と著作権を武器に争ったという事件で、中国の裁判所は著作権が優先するとしました。)

   たまに顧客から「著作権と商標権はどちらが強いの?」と聞かれることがあります。これは異種格闘技のようなもので、常にどうとは言えないのですが、少なくとも同じ対象について著作権と商標権との間で争いになった場合は概ね著作権の方が強い(優先する)と言ってよいと思います。
  
  そもそも権利の発生を時系列で見ても、キャラクタのイラストを創作した時点でその著作権はベルヌ条約の下で世界各国で発生するのであり、その著作権が発生した後に、そのイラストについてさらに商標権も取得したいという場合だけ各国の特許庁に出願するという順序ですから、商標権よりもずっと前に著作権が発生しているのです。
  
 日本の商標法でも、29条が、商標権で保護されている商標であっても、商標出願前に発生していた他人の著作権と抵触するときは、その商標を使用できないとしているのはこの趣旨です。
  
 では商標権なんて無意味なのかというと、そんなことはありません。なぜなら、例えば、会社名・商品名・サービス名などを示す言葉、単純な図形やその組合せなどは、芸術性・著作物性がないため著作権の対象になりませんが、商標権なら保護対象にできます。逆に、楽曲や文章などは著作権の対象になりますが商標権の対象にはなりません(今のところ音の商標権は日本では規定されていません。また、ある程度長い文章は、全体を図形として見られる場合は別として、自他商品識別力が認められないと思います)。
 
 このように著作権と商標権は、保護対象が一部は重複していますが、かなりずれていますので、それぞれに独自の存在意義があります。

   しかし、保護対象が重複している部分、例えばキャラクタのイラストについては、上記のとおり著作権が商標権に優先します。さらに、著作権の方が、権利発生の費用も掛からないし、存続期間も著作者の死後50年と長いというメリットがあります。キャラクタのイラストについて商標権を取得するメリットは、著作権はその保有を立証することが難しい場合があるが商標権なら常に立証が容易、10年毎の権利更新を繰り返すことで100年以上の権利存続も可能などの点でしょうか。

   ちなみに、たまに顧客から「著作権と特許権はどちらが強いのか」と聞かれることもあります。著作権と特許権も、その保護対象が大きくずれているので、それぞれに独自の存在意義があります。

  しかし、保護対象が事実上重複する部分、例えばコンピュータ・プログラムについては、特許権の方が権利範囲が広いといえます。なぜなら、プログラムの著作権は、1つのアイデア毎にではなくそれを実現するための様々な個別のプログラム=表現毎にそれぞれ個別に発生しますが、特許権ならその1つのアイデア毎に権利を取得できる(つまり、その1つのアイデアを実現するための様々な個別のプログラム=表現の全てをカバーする権利として、1つの特許権を取得できる)からです。
 
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2012年04月17日

アマゾンのワンクリック特許が日本で成立

ビジネスモデル特許として有名なアマゾンのワンクリック特許が2件(第4937434号、第4959817号)、出願から14年目に、日本でも登録されたようです(日経記事、及び、栗原弁理士のブログ)。
まだ特許公報は出てませんが、IPDLで特許査定直前の補正書などから特許になった請求項を把握できます。
この2件の中、権利範囲がより広いと思われる特許第4959817号の出願は、当初の出願(親出願)を分割した子出願をさらに分割した孫出願(追記:特開2010-160799)のようです。
この特許第4959817号の請求項1は、上記補正書より、次のとおりです。(1)(2)・・・などは私が入れました。
【請求項1】
 アイテムを注文するためのクライアント・システムにおける方法であって、
(1)前記クライアント・システムのクライアント識別子を、前記クライアント・システムのコンピュータによりサーバ・システムから受信すること、
(2)前記クライアント・システムで前記クライアント識別子を永続的にストアすること、
(3)複数のアイテムの各々のアイテムについて、前記アイテムを特定する情報と、前記特定されたアイテムを注文するのに実行すべきシングル・アクションの指示部分とを、前記クライアント・システムのディスプレイに表示することであって、前記シングル・アクションは、前記特定のアイテムの注文を完成させるために前記クライアント・システムに要求される唯一のアクションであり、前記クライアント・システムに対して前記シングル・アクションの実行に続いて前記注文の確認を要求しないこと、および
(4)前記シングル・アクションが実行されることに応答して、前記特定されたアイテムの注文要求と前記クライアント識別子とを、前記サーバ・システムに送信することであって、前記注文要求は、前記シングル・アクションによって示されたシングル・アクション注文要求であり、前記クライアント識別子は、ユーザのアカウント情報を特定することを備え、
(5)前記サーバ・システムが、前記シングル・アクションによって示されたシングル・アクション注文要求と、前記クライアント識別子に関連付けられた1または複数の以前のシングル・アクション注文要求とを組み合わせ、1つの注文に結合することを特徴とする方法。

出願当初の請求項とは大きく異なっていますが、かなり広い内容で、良い特許だと思います。
おそらく、次のような内容です。
(1)と(2)・・・クライアント端末が、サーバーシステムからユーザーIDを受信してクッキーなどに保存する。
(3)・・・クライアント端末が、ユーザーが商品を指示するためのアイコンと、ユーザーがワンクリック(後で注文の確認を要求しないシングル・アクション)を指示するためのボタン(=シングル・アクションの指示部分)を、自らの画面に表示する。
(4)・・・クライアント端末が、ユーザーがワンクリック・ボタンを押したとき、それに応答して、指示された商品の注文要求とユーザーIDとをサーバーシステムに送信する。
(5)・・・サーバーシステムが、前記ワンクリックによる注文要求と、それ以前のワンクリックによる注文要求であって同じユーザーIDに関連付けられている注文要求とを、纏めて「1つの注文」として結合する。
上記(1)〜(4)はクライアント端末の動作、(5)はサーバーシステムの動作として構成されています。
上記(5)が特徴(進歩性)のある部分だとして特許が認められたのだと思います。上記(5)により、既に受け付けたワンクリック注文の発送を未だしていない間に同じユーザーから次のワンクリック注文があれば、それらを1つの注文として纏めて発送することにより、運送料が節約できるというメリットがあるからです。
追記:上記の請求項1は、主としてクライアントシステムの側からアイテムを注文するための方法を規定するものです(請求項1中の(5)はサーバーシステムの動作として規定していますが)。これに対して、同じ特許(第4959817号)の請求項9は、主としてサーバーシステムの側からアイテムの注文を受け付ける方法を規定しています。請求項の書き方がクライアント側からかサーバー側からかが違うだけで、発明の実質は全く同じです。参考までに、次に引用しておきます。

【請求項9】
 アイテムの注文を受け付けるサーバ・システムにおける方法であって、
 前記サーバ・システムからクライアント・システムのコンピュータへ、前記クライアント・システムで永続的にストアしておくための前記クライアント・システムのクライアント識別子を送信すること、
 複数のアイテムの各々のアイテムについて、前記アイテムを特定する情報と、前記特定されたアイテムを注文するのに実行すべきシングル・アクションの指示部分とを、前記クライアント・システムのディスプレイに表示することであって、前記シングル・アクションは、前記特定のアイテムの注文を完成させるために前記クライアント・システムに要求される唯一のアクションであり、前記クライアント・システムに対して前記シングル・アクションの実行に続いて前記注文の確認を要求しないこと、および
 前記クライアント・システムで前記シングル・アクションが実行されることに応答して、前記特定されたアイテムの注文要求と前記クライアント識別子とを受信することであって、前記注文要求は、前記シングル・アクションによって示されたシングル・アクション注文要求であり、前記クライアント識別子は、ユーザのアカウント情報を特定すること、および
 前記シングル・アクション注文要求を受信すると、前記サーバ・システムにおいて、前記シングル・アクションによって示されたシングル・アクション注文要求と、前記クライアント識別子に関連付けられた1または複数の以前のシングル・アクション注文要求とを組み合わせ、1つの注文に結合すること
を備えたことを特徴とする方法。


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2012年04月11日

インターネット時代の核抑止力

テクノロジー特許の価値が急上昇(ウォール・ストリート・ジャーナル日本版)

テクノロジー企業の特許という軍備競争が再び熱を帯びている。
米ソフト大手マイクロソフト(MS)が総額11億ドル(897億円)でAOLの約1100件の特許を買収したり、そのライセンスを取得したことは、大規模テクノロジー企業の間の特許買収のブームを浮き彫りにした。これはインターネット時代の核抑止力となる。
法律事務所DLAパイパーのパートナーで、知的財産専門のマーク・ラドクリフ氏は「これは、特許が単純な法的資産から戦略的金融資産に変化するゆっくりとした進化だ」と指摘した。(中略)
昨年のグーグルによる125億ドルでの通信機器大手モトローラ・モビリティ・ホールディングス買収など、最近の特許買収の多くは対抗訴訟を行うための武器庫取得と見なされている。ヤフーから特許侵害の訴訟を起こされたフェイスブックは最近、IBMIから特許を取得して、ヤフーへの対抗訴訟を起こした。

最近の米国での特許買収価格の高騰は、もともとはメーカーではなかったため特許取得件数が少なかったネット企業が近年の特許攻勢に対処すべく特許ポートフォリオ強化に動いていることが背景にあることは周知のとおりです。

上の記事では、知的財産専門のマーク・ラドクリフ氏が「これは、特許が単純な法的資産から戦略的金融資産に変化するゆっくりとした進化だ」と指摘しているようですが、私には、「進化」というより1980年代日本の大手電機メーカーが採っていた特許戦略への先祖帰りのように思えます。
1980年代、我が世の春を謳歌していた日本の大手電機メーカーは、「質より量」を追う戦略で特許(出願)件数を競いながら、しかしそれらの特許を実際に訴訟で活用することはしないで核抑止力のように利用することにより、大手メーカー同士は互いに特許訴訟を起こさないという不文律(闇のクロスライセンス協定のようなもの)を作り上げ、談合的だと批判されたものです。

他方、特許実務者の立場から見ると、上の記事のように特許が核兵器だというのは、別にインターネット時代だからなんて関係なく、極めて当然の比喩だと思います。
なぜなら、特許とは、そもそも「排他権(禁止権)」として他社の事業を攻撃(差止め・損害賠償請求)できるだけものであり、他社の特許攻撃から自社事業を防御する法的効力は全くなく、その意味で、特許は、攻撃専用で防御には無力な核兵器と全く同じだからです。

しかし、特許には、法的な防御作用はないとしても、他社の事業を攻撃できるだけの特許を保有していることにより、他社からの特許攻撃を心理的・経済的に抑止できるとか、実際に特許訴訟を起こされたら反訴で対抗できるという意味での事実上の防御作用はあります。なお、「反訴で対抗できる」といっても、それは、自らが被告とされた特許訴訟とは別の訴訟を相手方にぶつけて和解交渉に入るようにプレッシャーを掛けられるかもしれないというだけのことで、自らが被告とされた特許訴訟を勝訴に導く法的効果はありません。その意味であくまで「事実上の防御作用」です。

ただ、事実上の防御作用だけだとしても、特許のストックを増やして訴訟に巻き込まれないようにするという戦略はそれなりの経済合理性を有しており、この流れは当分続くでしょうから、今後は米国でも、核抑止力で大国間の秩序が維持された冷戦時代(1980年代以前)のように、あるいは昔(1980年代)の日本のように、中小企業同士や中小企業と大企業との小競り合い的な訴訟はあっても大手企業同士の特許訴訟は無くなるという方向に行くのかもしれませんね。

posted by mkuji at 01:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 知財戦略