2011年12月25日

アップル対サムスンの訴訟合戦で見えてきたエレクトロニクス業界における知財構造の変化

日経エレクトロニクス2011/12/26号の「Apple 対 Samsung 訴訟合戦の先にあるもの」という記事(参考)を読みましたので、その感想を記しておきます。

この記事は、アップルは、米国特許だけを見るとサムスンの10分の1以下の件数しか持っていないのにサムスンと互角の戦いをしているのは何故か、という問題意識から出発していると思います。

従来のエレクトロニクスメーカーは、パテントトロールは別として、特許紛争で提訴されたときは反訴してクロスライセンスで結着させるべく、それを可能とする「特許の数」を持つことを重視してきましたし、サムスンもそのような戦略でやっていました。

しかし、最近のエレクトロニクス業界においては、機器のほとんどの部分が標準的な部品の組み合せで製造されるようになったという変化があります。

そこで、アップルは、おそらくは意識的に、このようなエレクトロニクス業界の構造変化を利用して、スマートフォンやタブレット端末のほとんどの構成要素を複数社から適法に調達できるコモディティ部品で設計するようにしたため、サムスンが反訴攻勢を仕掛けてきても、パテントトロールと同じようにクロスライセンスに乗る必要がなくなったということです。

逆に、アップルは、タッチパネルなどインターフェースのソフトウェア特許、端末の外観などのデザイン特許(意匠権)、ネーミングなどの商標権の取得に力を入れて、それらを複合的に絡めて攻めてきている、ということです。

つまり、アップルは、スマートフォンやタブレット端末について、自らが強みを発揮できるソフトウェアやデザイン以外の部分をコモディティ化させて他社の知財を無力化させることに成功した、ということです。「イノベーションは技術だけではない」というアップルの思想もその背景にあるだろうとのことです。

これからは、エレクトロニクスメーカーも、アップルの戦略を参考に、特許だけでなく意匠権、商標権、著作権、不正競争防止法(営業秘密・トレードドレス等)などをも組み合わせた複合的な知財システムで事業を守っていくことが大切になるのでしょう。

なお、この記事の中では、アップルが取得した強力な米国特許の1つとして、タッチパネル搭載型ディスプレイで一方向にスクロールするようにリストやドキュメントを表示し、ユーザーが終端を越えてスクロールすると、手を離した後に本来の終端まで引っ張られるように戻る表示の仕方を実現するソフトウェア特許(米国特許第7,469,381号。発明の名称「タッチ・スクリーン・ディスプレイ上でのリストのスクローリングとドキュメントの移動・スケーリング・回転」)を紹介しています。

また、この記事では、そうは言っても、なお反訴とクロスライセンスのために特許の数を確保しようとする戦略はまだ有効であることから、スマートフォン関連特許の買収金額が暴騰しており、2011年6月にアップルなどの企業連合がノーテルネットワークスの約6,000件の特許群(出願中のものを含む)を約45億米ドルで落札した件では、落札額からの単純計算によると特許1件当たり約75万米ドルとなった、と書いています。これは既にバブルの様相ですね。

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2011年12月09日

新特許法第104条の4第3号において政令へ委任された再審の訴え等において主張制限の対象となる訂正認容審決について

特許庁ホームページに、2011/12/2付けで公布された「特許法等の一部を改正する法律の施行に伴う関係政令の整備及び経過措置に関する政令(平成23年12月2日政令第370号)」についてのお知らせが、公開されています。

http://www.meti.go.jp/press/2011/11/20111129001/20111129001.pdf

http://www.jpo.go.jp/torikumi/kaisei/kaisei2/tokkyo_kaisei_seibi.htm

この中では、新特許法104条の4第3号が定める「再審の訴において主張制限の対象となる訂正認容審決」について、次のように記しています。

(3)侵害訴訟等の判決確定後の訂正認容審決の確定による再審等における主張制限の対象について(特許法施行令、実用新案法施行令及び平成5年旧実用新案法施行令)
改正後の特許法第104条の4第3号において政令へ委任された再審の訴え等において主張制限の対象となる訂正認容審決について、

1)侵害訴訟等の確定した終局判決が特許権者、専用実施権者又は補償金支払請求者(以下「特許権者等」)の勝訴の判決である場合においては、当該訂正が当該訴訟において立証された事実以外の事実を根拠として当該特許が特許無効審判により無効にされないようにするために行われる審決、

2)侵害訴訟等の確定した終局判決が特許権者等の敗訴の判決である場合においては、当該訂正が当該訴訟等において立証された事実を根拠として当該特許が特許無効審判により無効にされないようにするために行われる審決をそれぞれ規定します。

(私のコメント)

訂正認容審決は出願時への遡及効を持つことから、本来、その全てが再審事由となり得ます。だから、全ての訂正認容審決を再審における主張制限の対象にしても良かったはずなのですが、本政令では、一部を除外しています。

上記1)は、侵害訴訟の原告(特許権者)が勝訴(確定)した場合において、敗訴被告(侵害者)が再審を提起したとき、

(a)「『当該訴訟において立証された事実』(=当該訴訟の中で既に提出され立証された無効抗弁・無効理由)を根拠として当該特許が特許無効審判により無効にされないようにするために行われた訂正認容審決」は、特許法104条の4による主張制限の対象としない、

(b)「『当該訴訟において立証された事実以外の事実』(=当該訴訟の中では提出又は立証されなかった新たな無効理由)を根拠として当該特許が特許無効審判により無効にされないようにするために行われた訂正認容審決」は、特許法104条の4による主張制限の対象とする、

ということです。

上記(a)の場合、つまり、当該侵害訴訟において無効の抗弁とそれに対する訂正の再抗弁が提出されて訂正の再抗弁が成立して原告勝訴の判決が確定した後に、その訂正の再抗弁と同じ内容の訂正認容審決が確定した場合は、その訂正認容審決の確定(これによる遡及効)を、敗訴被告が提起した再審の訴の中で、敗訴被告が主張してもよい、ということです。なぜ、敗訴被告が主張してもよいのか?それは、再審の訴の中で被告がそのような訂正認容審決の確定の事実を主張しても、当該終局判決はその訂正認容審決と同じ内容である訂正の再抗弁を認めた上での判決なので、被告がそのような訂正認容審決を主張しても当該終局判決の不当性には繋がらない、よって、そのような被告の主張は意味がないから敢えて主張制限するまでの必要はない、ということなのでしょう(追記:敗訴被告は当該訴訟の中で訂正の再抗弁について十分に争ったのだから再審の訴の中では主張を制限しても酷ではないと言えるので、主張制限の対象にしても良かったはずですが、原告敗訴の場合の2)とのバランスをとったのでしょう)。

他方、上記(b)の場合、つまり、当該侵害訴訟において無効の抗弁とそれに対する訂正の再抗弁が提出されて訂正の再抗弁が成立して原告勝訴の判決が確定した後に、その訂正の再抗弁とは異なる内容の訂正認容審決(「当該訴訟の中で被告が提出した無効抗弁の中には含まれていなかった新たな無効理由」を回避するための訂正認容審決)が確定した場合は、その訂正認容審決の確定(これによる遡及効)を、敗訴被告が提起した再審の訴の中で、敗訴被告が主張することはできない、ということです。その趣旨は、敗訴被告は当該訴訟の中でその無効理由を提出する機会があったのにそれをしなかったのだから、判決確定後の再審の訴の中で、(その無効理由を回避するための)訂正認容審決の確定の主張を制限しても敗訴被告に酷だとは言えないから、この場合は紛争の蒸し返し防止を優先させるべき、ということです。

上記2)は、侵害訴訟の原告(特許権者)が敗訴(確定)した場合において、敗訴原告(特許権者)が再審を提起したとき、

(a)「『当該訴訟等において立証された事実』(=当該訴訟の中で既に提出され立証された無効抗弁・無効理由)を根拠として当該特許が特許無効審判により無効にされないようにするために行われた訂正認容審決」は、特許法104条の4による主張制限の対象とする、

(b)「『当該訴訟等において立証された事実以外の事実』(=当該訴訟の中で提出又は立証されなかった新たな無効理由)を根拠として当該特許が特許無効審判により無効にされないようにするために行われた訂正認容審決」は、特許法104条の4による主張制限の対象としない、

ということです。

上記(a)の場合、つまり、当該侵害訴訟において無効抗弁とそれに対する訂正の再抗弁が提出されて訂正の再抗弁が認められずに原告敗訴の判決が確定した後に、その訂正の再抗弁と同じ内容の訂正認容審決が確定した場合は、その訂正認容審決の確定(これによる遡及効)を、敗訴原告が提起した再審の訴の中で、敗訴原告が主張することはできない、ということです。その趣旨は、敗訴原告は当該訴訟の中でその訂正の再抗弁を提出して十分に争った上で敗訴したのだから、判決確定後の再審の訴の中で、その訂正の再抗弁と同じ内容の訂正認容審決の確定の主張を制限しても敗訴原告に酷だとは言えないから、この場合は紛争の蒸し返し防止を優先させるべき、ということです。

他方、上記(b)の場合、つまり、当該侵害訴訟において無効抗弁とそれに対する訂正の再抗弁が提出されて訂正の再抗弁が認められず原告敗訴の判決が確定した後に、その訂正の再抗弁とは異なる内容の訂正認容審決(「当該訴訟の中で被告が提出した無効抗弁の中には含まれていなかった新たな無効理由」を回避するための訂正認容審決)が確定した場合は、その訂正認容審決の確定(これによる遡及効)を、敗訴原告が提起した再審の訴の中で、敗訴原告が主張することはできる、ということです。その趣旨は、そもそも当該訴訟の中ではその無効理由が提出されていなかったため、敗訴原告は当該訴訟の中でその無効理由に対する訂正の再抗弁を提出する機会がなかったのだから、判決確定後にその無効理由を回避するための訂正認容審決の確定を再審の訴の中で主張することまでも制限することは敗訴原告に酷だから、ということです。この(b)の主張制限の対象の除外を考えると、被告としては、当該訴訟の中では、思い付く限りの多くの無効理由を抗弁で提出しておく方がよいということは言えそうですね。

なお、上記(b)の主張制限の対象の考え方からは、当該訴訟において無効抗弁が全く提出されないまま技術的範囲に属さないとして原告敗訴(確定)となったとき、敗訴原告はその後に訂正認容審決を得れば、再審の訴の中でそれを主張すること自体は可能ということになりますが、もともと当該訴訟で技術的範囲外だとされているので、訂正認容審決を主張しても再審が認められることはないので特に不都合はないということでしょう。

最後に、特許庁ホームページで公開されている2011/12/2公布の「特許法等の一部を改正する法律の施行に伴う関係政令の整備及び経過措置に関する政令(平成23年12月2日政令第370号)」についてのお知らせの全文を、次にコピーしておきます。

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特許法等の一部を改正する法律の施行に伴う関係政令の整備及び経過措置に関する政令(平成23年12月2日政令第370号)について
平成23年12月2日 特許庁

「特許法等の一部を改正する法律の施行に伴う関係政令の整備及び経過措置に関する政令」が本日公布されました。本政令は、特許法等の一部を改正する法律(平成23年法律第63号。以下「改正法」という。)の施行に伴い、特許法施行令等関係政令について所要の改正を行い、また、改正法附則第11条の規定に基づき、改正法の施行に関して必要な経過措置を定めるものです。

1.政令の概要

(1)通常実施権の登録制度の見直しに係る整備について(特許登録令、実用新案登録令、意匠登録令、特定通常実施権登録令及び産業活力の再生及び産業活動の革新に関する特別措置法関係手数料令)

改正法により通常実施権及び仮通常実施権の登録制度が廃止されたことに伴い、当該権利の登録に係る手続を定めている規定の削除等所要の改正を行います。

また、産業活力の再生及び産業活動の革新に関する特別措置法に規定されている特定通常実施権登録制度が廃止されたことに伴い、特定通常実施権登録令及び産業活力の再生及び産業活動の革新に関する特別措置法関係手数料令を廃止します。

(2)冒認出願・共同出願違反に関する救済措置に係る整備について(特許登録令、実用新案登録令及び意匠登録令)

特許法第74条の改正により、冒認出願等に係る特許権について真の権利者による移転請求が認められたことに伴い、特許登録令等において、第三者に警告を与えるための登録である予告登録の対象として、「当該移転請求訴訟が提起されたとき」を加えます。

(3)侵害訴訟等の判決確定後の訂正認容審決の確定による再審等における主張制限の対象について(特許法施行令、実用新案法施行令及び平成5年旧実用新案法施行令)

改正後の特許法第104条の4第3号において政令へ委任された再審の訴え等において主張制限の対象となる訂正認容審決について、

1)侵害訴訟等の確定した終局判決が特許権者、専用実施権者又は補償金支払請求者(以下「特許権者等」)の勝訴の判決である場合においては、当該訂正が当該訴訟において立証された事実以外の事実を根拠として当該特許が特許無効審判により無効にされないようにするために行われる審決、

2)侵害訴訟等の確定した終局判決が特許権者等の敗訴の判決である場合においては、当該訂正が当該訴訟等において立証された事実を根拠として当該特許が特許無効審判により無効にされないようにするために行われる審決をそれぞれ規定します。

(4)特許等料金の見直しについて

1)特許料等の減免制度の拡充について

@)特許料及び審査請求料の減免制度の拡充について(特許法施行令、特許法等関係手数料令等)

特許法第109条及び第195条の2の改正により、特許料の減免を受けることができる者の資力要件が緩和されたことに伴い、特許料及び審査請求料の減免の対象となる者として、「設立後10年を経過していない中小企業」を新たに追加します。

また、同法第109条の改正により、特許料の減免効果の拡充のため減免期間が3年から10年へ延長されたことに伴い、現行の1年から3年分に対する猶予の措置を半額軽減に改めるとともに、新たに対象となる4年から10年分の特許料についても半額軽減する旨規定します。

A)産業技術力強化法に基づく特許料等の減免制度の拡充について(産業技術力強化法施行令)

産業技術力強化法第17条の改正により、特許料及び審査請求料の軽減の対象となる者として産業技術力の強化を図るため特に必要な者を政令で定めることとされたことに伴い、大学等の研究機関が、研究者の職務発明について当該研究者以外から譲り受けた場合や研究者の移籍に伴って移籍元の職務発明を譲り受けた場合も減免対象とするなど、従来よりも減免対象となるケースを拡大します。

また、産業技術力強化法第18条の改正により、特許料及び審査請求料の軽減の対象となる者の要件として、職務発明要件及び予約承継要件を廃止したことに伴う所要の改正を行うとともに、承認経営革新計画や認定異分野連携新事業分野開拓計画に従って承継した特許発明等についても減免対象として新たに追加します。

B)中小企業のものづくり基盤技術の高度化に関する法律に基づく特許料等の減免制度の拡充について(中小企業のものづくり基盤技術の高度化に関する法律施行令)

中小企業のものづくり基盤技術の高度化に関する法律第9条の改正により、特許料及び審査請求料の軽減の対象となる者の要件として、職務発明要件及び予約承継要件を廃止したことに伴う所要の改正を行うとともに、特許料及び審査請求料の減免対象として、認定計画に従って承継した特許権又は特許を受ける権利に係る特許発明等が追加されたことに伴い、特許料及び審査請求料の軽減を受けようとする場合に、追加された特許発明等と特定研究開発等との関連性を証する書面を提出させるように規定します。

2)国際出願関係手数料の引下げについて(特許協力条約に基づく国際出願等に関する法律施行令)

改正後の特許協力条約に基づく国際出願等に関する法律第18条第2項において、政令で定めることとされている国際調査手数料等の金額について規定します。具体的には、特許庁が国際調査を実施する場合の国際調査手数料及び送付手数料の総額を現行の11万円から8万円へ、特許庁以外の国際調査機関が国際調査を実施する場合に納付する送付手数料を現行の1万3千円から1万円へ、国際予備審査手数料を現行の3万6千円から2万6千円へ、国際調査追加手数料を7万8千円から6万円へ、国際予備審査追加手数料を2万1千円から1万5千円へ引下げを行います。

(5)その他

特許法における発明の新規性喪失の例外規定の見直し及び商標法における博覧会の指定の廃止に伴い、弁理士又は特許業務法人でない者の業務の制限の解除を定めた弁理士法施行令第7条の規定から当該関連手続の規定を削除する等、関係政令について必要な技術的改正を行います。

(6)改正法施行に伴う経過措置について

改正法附則第11条の規定に基づき、通常実施権、仮通常実施権及び特定通常実施権に関する登録制度廃止に伴う必要な経過措置を規定します。

2.閣議決定日、公布日及び施行期日

閣議決定 平成23年11月29日(火)

公布    平成23年12月 2日(金)

施行期日 平成24年 4月 1日(日)

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2011年12月08日

特許が消滅しているのに特許使用権500万円を支払ったとして背任容疑で告発(茨城みずほ農協組合)

茨城みずほ農協組合長らを背任容疑で告発へ

 茨城みずほ農業協同組合の新商品開発を巡り、1000万円の損害を与えたとして非常勤理事5人が、同農協の代表理事組合長と代表理事専務、東京都港区でバイオ企業を経営する社長の3人を背任などの疑いで告発することがわかった。6日、県警に告発状を提出する。

 関係者によると、組合長らは今年2月28日の理事会で、原料の一部にコメを使った「米醗酵(はっこう)(燃焼系)アイス」を開発、製造するため、同社に特許使用権や製造指導料などとして1000万円を支出する議案を提出。3月3日の臨時理事会で可決された。その際、社長が出席し、アイスの製造に必要な米発酵液の製法特許権について「所有している」と説明したという。

 同農協は翌4日、同社に特許使用権500万円、指導料500万円を支払ったが、同社が2002年に取得した特許は09年に消滅していたことが発覚。組合長らは、特許使用権の500万円を「使用・製造・販売権」に変更し、同社と契約した。5人は「組合長と専務は特許権の存否確認を怠ったまま同社に1000万円を支払い、農協に損害を与えた」と主張している。

 これに対し、社長は「特許は経理が特許料を支払うのを忘れて消滅したが、アイスの製法は公証役場へ届け出ており、問題ない。改めて別の形で特許を取得する準備をしている」、専務は「アイスの発酵技術は公証役場に届けられており、知的財産権に問題はない」と反論している。(2011年12月6日 読売新聞)

この記事を読んだだけでは事実関係がはっきり分からないので、以下は私の推測です。

この記事は正確ではないような気がします。

この記事では、非常勤理事5人が「特許権の存否確認を怠ったまま同社に1000万円を支払った」ことを理由に組合長らを背任罪として告発したという書き方をしていますが、「怠った」という過失だけでは背任罪は成立しないはずですから、それは告発理由ではないのではないでしょうか。

そうではなく、当初は特許権が存続していることを前提に理事会の承認を得て契約し「特許使用権500万円」を支払ったが、その後に特許が既に消滅していたことが判明したという事実があって、本来ならその「特許の消滅・不存在」が判明した時点で組合長らは500万円の返還を求めるべきだったのに、それをしないで、契約中の「特許使用権500万円」を「使用・製造・販売権500万円」に替えて500万円を返還しなくてよいように契約を変更した、そのような故意の行為を背任罪だと主張しているのではないでしょうか(追記を参照)。

なお、特許のライセンス契約では、「いったん支払ったライセンス料(一時金を含む)はいかなる理由によっても返還しない」という条項を付けることが一般的であり、本件でも付けられていると思います。しかし、本件のような場合は、そもそもライセンス料発生の前提となる特許権が既に消滅し存在していなかったので、そのような条項は要素の錯誤により無効であり、不当利得として返還請求できるということになると思います(組合側は特許消滅の調査を怠ったので重過失があるという主張も在り得るでしょうが、権利者側の重過失又は悪意の方が大きいのでこの点は問題にならないのではないでしょうか。なお参考裁判例として、平成20年(ネ)10070号「石風呂装置」事件判決)。

また、組合長らの「アイスの発酵技術は公証役場に届けられており、知的財産権に問題はない」という主張は意味不明で、特許権が既に消滅していたのなら、「特許使用権500万円」の支払いの根拠は無かったことに変わりはないと思います。特許でカバーしていなかった製造ノウハウ等が「公証役場に届けられ」ているとしても、製造ノウハウ等については「製造指導料500万円」でカバーするとするのが本件の契約の趣旨と思います。

追記: 後で知った記事ですが、2011//12/7付け茨城新聞の記事によると、大体、上記の推測で間違いないようです。以下に引用しておきます。

会見した告発人の理事らによると、コメを発酵させて作る「米醗酵燃焼系アイス」の開発にあたり、組合長らは、今年2月28日など数回の理事会で、同社に特許使用権500万円と、製造の指導料500万円の計1千万円を支払う契約について審議。その際に同社社長が出席し「製造に必要な米発酵液の製法特許権を所有している」と説明した。同JAは理事会での決議を経て、3月4日に同社に1千万円を支払った。

しかし、同社が2002年に取得した特許は、09年に抹消されていることが判明。組合長らは特許使用権を「使用、製造、販売権」という項目に変更し、契約を締結した。

理事らは「組合長、専務としての善管注意義務に反し、特許権の存否確認を怠ったまま同社に1千万円を支払い、JAに損害を与えた」などと主張している。

一方、組合長側も同日会見し「アイスの発酵技術は公証役場に届けられており、知的所有権に問題はない」と反論。同社への1千万円の返還は求めていないとした。

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